
09.8.4 Padron18.3km
温泉の湯を汲んでから歩き始める。
朝方は雨模様だったが、今は止んで、田舎道が気持ちよい。
足は昨日の温泉に浸けたせいか、調子が良かった。
途中で、妙な自転車に追い越された。
ふと見ると、自転車の後ろに幌付きの箱がくっついている。
その中に、子供が二人、収まっていた。
そのうち、彼らが休憩しているところへ追いついた。
ポルトガル人のファミリーで、お父さんが子供たちの乗る幌付きの箱を自転車につけて、お母さんが後から追う。四人家族で巡礼をしていた。
聞けば、車も用意してあって、毎日数キロ進んでは、お父さんは車の位置まで戻り、運転して、その日に泊まる場所まで移動させる。
子供がいると、荷物が多いからでもあり、安全のためでもあるそうだ。
お父さんは大変だ。 しかし、家族の絆は深まることだろう。
何度か彼らに追いついたり、追い越されたりしながら、パドロンへ到着した。
このパドロンは、サンティアゴにゆかりのある街で、サンティアゴの棺を乗せた船が行き着き、船を縄で結んだ石の杭が残っていると言い伝えられている。
また、シシトウのパドロン風フライ、パドロン・デ・ピミエントスの街だ!
確かにシシトウがたくさん売られていた。
巡礼宿には、ベッドが少し残っていた。
まもなくギタも到着して、あとベッドは一つを残すのみとなった。
大きな部屋に、ベッドが並べてある巡礼宿の向こうの方に、大騒ぎのグループがいた。
ギタの天敵、ポルトガルのスカウトたちだ。
「あの子たちは、朝早くからわいわいやって、走って巡礼宿を占拠して!」
引率の大人たちは、五分置きに『シィ〜〜ッ』と言っている。
では、シシトウの料理を食べに行こう!
ギタと、川を超えて木立の中の川に沿った公園に向かっていると、ナチョーたちのグループ、大きなドイツ人のおねえさんたち、マリ・パス、ブルゴスのホワンも揃っていた。
私たちも加わって、シシトウにありついた。
食後は、マリ・パスについていって、石の杭がある教会を訪問し、巡礼宿の近くの、サンティアゴの山に登ることにした。
サンティアゴまであと23.6km。 もう目の前である。



























09.8.5 SantiagoDeCompostela23.6km
今日は地元の人も、口を揃えて雨が降ると言う。 確かに曇っているけれど・・・。
一つ目のBarでコーヒー。
ギタとは、離れたり、しばらく一緒に歩いたり。
そんな時、一本の電話がかかってきた。
「サンティアゴのマリアだけど、今日着きそうなの?だったら、もう今日は一部屋しか残っていないの。」
ギタとは、時間があるから、途中でもう一泊してから行こうか...という選択肢も残しておいた。
100メートルほど先を歩いていたギタを追いかけて、相談をする。
今日は曇っていて楽々行けそうだから、行ってしまおうということになって、マリアに部屋をとっておいてもらった。
マリアの宿は、去年泊まった、カテドラルの目の前の賑やかな場所にあるお土産屋さんの二階にあった。
きっとここはギタも気に入るはず。
二度目のコーヒータイムは、ドイツの大きな二人組とギタ。
トーストとコーヒー。 歩いていて不安になることがある。
矢印がしばらく途切れる時。 『もしかして、どこかで矢印を見そこなったのかも?』
自信がないのは、注意して歩いていないから。
一本道を抜け、突き当たっても印が見えない。
『やっぱり、どこかで別の方向を指す矢印を見なかったのかも・・・』
仕方なく、振り出し点まで一本道を戻る。
そこにはやはりこの道へ行くよう道しるべがあった。 おかしいなと思いながら、もう一度一本道を進んで、突き当たる。
今度は確信を持って、
『どこかに道しるべがあるはず!』
と探すから、ちょっと見えにくいところに道しるべを発見できる。
集中力や、丁寧な作業が必要になる。
こんなことを何度かして、
「私も、もっと丁寧に生きていかなければいけないな・・・」
なんて思ったり。
今にも降り出しそうな、情けない空。
でも、こんな空が、北のスペインには似つかわしい。
そんな時、サンティアゴのカテドラルの塔が見えてきた。
何度か歩いたが、この角度から見るのは初めてだ。 このお天気のせいかもしれない。
静かな感動がこみあげてくる。
ギタもそこに座って見ている。
ここから3kmは、一緒に歩く。
『ポルトガルの道』は、フランコ通りを歩いてカテドラルに入っていく。
どうにか雨は降らずにいてくれた。
広場で写真を撮っていると、マリ・パスもいる。 例年よりも人がたくさんいて、賑やかだ。
ギタに観光案内をしながら、マリアの宿に行く途中、ナチョーとラケルに会った。
後で会おうと約束をして、忙しいマリアから部屋を引き継ぐ。
夜になると、ナチョーたちのグループ、ドイツの大きな女性二人組、私とギタ、そしてナチョーたちが知り合ったスイス人のカップルを交えて、ガリシアの白ワインで乾杯!


































09.8.6Santiago1
ギタは急に節約ムードになってきた。
「もう銀行にお金がなくなっちゃったわ。」
そう言って、スーパーで食材を買ってくる。
ここサンティアゴは、食べ物がおいしいから、その方がもったいない話だと思うのだが。
巡礼オフィスの前は、今まで見たことがないほど長蛇の列だった。
私たちは前日の空いている時間に証明書をもらったが、それでも15分は並んだのである。
これでは軽く二時間待ちではないだろうか。
12時のミサに行くために、西門の入り口で広場を見ていたら、リュックを背負ったナチョー、ラケル、マーゲンが見えた。
彼らはフェニステーレに向けて、一日だけ歩いて、海に行くと言っていた。
また新たな旅立ちだ。
私とギタは、もう一日ここに滞在し、明日はフェニステーレにバスで一泊の予定ででかけることにしていた。
ギタがいなかったら、フェニステーレに行く気にはならなかっただろう。
フェニステーレに行くのは三回目。 最初はバスで。去年は歩いて行った。
去年二泊した、宿のおばさんたちにもう一度会いたいという気持ちも強くあった。
残念ながらその時は天気が悪く、泳げなかったから、今回はできたら海に入りたい。
ぼんやり考えていた。
ニンチェとリリアナは、今日到着するのだろうか?
相手がスペイン人なら、携帯番号を聞き、すぐに連絡できるが、二人は外国人だ。
リリアナはこう言った。
「家族にもメールだけにしているの。スペインに入ってからは、向こうから電話をかけても、こっちに電話代がかかるから、かけないでと言っているのよ。」
お隣のポルトガルでさえ、料金がぐんと高くなり、かけた方より、受けた方が 電話代を払わなければいけない。
それはともかく、連絡しようにも、メールアドレスしか聞いていなかった。
ギタと私は、それぞれにしたいことがあった。
私は郵便局に行って、荷物を受け取ったり、部屋でのんびりと荷物整理をしなければならない。
集合場所はカテドラルの階段の隅。
ここに何度か集合しては、一緒に見学をしたり、コーヒーを飲んだり。
そしてまたそれぞれの目的に向かって別れたり。
そんな今日2度目の待ち合わせは、午後の5時だった。
私が到着して、5分もしないうちにギタがやってきた。
「今、クラウディアたち(大きなドイツの二人組)たちとビールを飲んでいるとこを抜け出してきたから、これから一緒に行きましょう!」
後について広場を出ようとすると、見覚えのある二人とすれ違った。
振り返って確かめると、それはニンチェとリリアナだった。
私たちは抱き合って再会を喜んだ。
「おめでとう! ところで、私が残したメモを見た?」
二日前に泊まった巡礼宿で、メモを残してきたからだ。 ニンチェとリリアナは
「ほら、やっぱり残してくれたのね。もしかしたらと思って探したけど、なかったのよ。」
メモを置く約束をしたわけでもなんでもない。 でも、同じ場所で二人は何かを感じていたらしい。
残念ながら、そのメモは、二人の目に止まることはなかったが。
写真を撮って、後で8時にここで会おうと決めた。
ギタは?というと、彼女に二人は見えておらず、私を探している。
同じ広場にいても、これだけたくさんの人が往来してるのだから無理もない。
特別な縁がないと、すれ違っても見えないものだ。
ギタは同じドイツ人でありながら、ニンチェのことは苦手のようだ。
私が最初に抱いた感想と同じだが、今はニンチェが特別な友達のように思える。
やっぱりこの道は不思議だ。
『会いたい人にはまた会える』
これが初めて歩いた時以来、私が信じてきた考えである。
夜8時、広場に行くと、アメリカのカップルと再会。
ニンチェとリリアナ、ギタとドイツの大きな二人組も集まって、もちろんアメリカの二人も誘って、まずはビールを飲みに行く。
誰もが喜びの表情でいっぱいだった。
なかでもリリアナは特別だった。
一杯だけ飲むと、お勘定はニンチェが払ってくれた。
彼女の本業は女優だ。舞台に出ているらしい。 お金があるわけではない。
だから時々こんなことを言う。
「これ以上飲めないわ。私の予算じゃ、今日はここまで。」
そんな彼女だが、ケチケチしたところがない。
次はニンチェのいつものレストランへ。
それは地元の、名前さえないようなレストランだった。
シーフードを中心に、オーダーをする。
この道は、ドイツ人の道かと思うほど、ドイツ人の巡礼が多い。
いや、歩いている人口は少ないのだから、割合が多いだけだが。
食事をする時、半分がドイツ人だったりすると、会話はドイツ語になる。 彼らは英語は上手である。スペイン語はしゃべれない。そしてシーフードは食べない。
今日も同じテーブルを囲んで、ドイツ語仲間と英語仲間のふたつにわかれる。
こんな時、ニンチェはドイツ人だったっけ?と思わせるほど、ドイツ語は使わない。
そして彼女は喜んでシーフードを食べ、スペイン語も不自由なく使える。
お酒が得意ではないリリアナも、今日はポルトのワインにも似た、ガリシアの白ワインをおいしそうに飲んでいる。
どれもがおいしく、楽しい食事だった。
次は別のBarへ。 ここでドイツ組の三人は、先に帰っていった。
アメリカの二人が泊まっている宿の下のBarに行く。
とても感じが良い夫婦が店を切り盛りしていた。
私たちはここで、コーヒーのオルッホを飲んだ。 二杯飲んだあと、二人は部屋に帰っていった。
残った三人は、どこへ行こうか歩き回る。 どこからかニンチェとリリアナが知り合ったスペイン人の女性二人が現れて、一緒に飲みに行こうと誘われる。
行った先は、スペイン人好みの、ちょっと踊れる店だった。
しばらくそこにいたあと、三人は抜け出した。
ニンチェとリリアナは私にこう言った。
「ニンチェがこう言ったのよ。『今日サンティアゴに着いて、カテドラルの広場に入った時、一番最初に会うのはHiromiよ』こう断言していたのよ。」
「ねっ、言った通りになったでしょ!」
私たちは、見えない『糸』で結ばれていた気がする。
私が思っていたように、二人も私のことを思っていてくれて、その気持ちがふたたびこうして引き合わせられたのだろう。





















09.8.7 Fisterra
ゆっくりめの10時のバスで、フェニステーレへ向かった。
私はここに一泊、ギタはその先の予定は決めていなかった。
幸い天気はよい。
バスからの景色もきれいだ。
90キロの道のりだが、あちこち止まりながら行くので、3時間近く時間がかかった。
到着した時、公営の巡礼宿が開く時間だった。
バスに乗ってきた巡礼も、歩いてきた巡礼も列に並んでいる。 もしギタがここに並びたいなら、後で会おうと言うと、彼女も私と同じ、私営の巡礼宿へ行くという。
去年はそこに二泊した。
日本からみたら、果てのまた果てのような場所である。
サンティアゴへ行く機会があっても、なかなか来れる場所ではない。
親切にしてくれた、楽しいおばさん二人に会うのが楽しみだった。
去年行き慣れた道とは言えども、狭いながらも古い町並みである。
みつかるだろうか。
勘で進んでいくと、見覚えのある倉が見えてきた。
念のため、通りがかりのおじさんに聞くと
「もうこの近くだよ。あの道を行くとみつかるよ。」
角にある、おばさんの家に着いて顔を出すと、おばあちゃんがいた。
去年と変わっていない。 おばあちゃんは、私の顔を覚えていたようで、ニコニコしている。
ここから宿まで100メートル。
この道を歩いていると、おばさんが追いかけてきた。 お姉さんもかけつける。
なんだか故郷にかえってきたような歓迎ぶり。
中へ入ると、去年よりもパワーアップしているのがわかる。
パソコンが置いてあるし、小さな棚にはお菓子も売っている。
奥にはもう一部屋にベッドを並べ、増築したのだ。
この巡礼宿は、イルデおばさんが掃除をしたり、経営を任されているが、実はお姉さんのピラールはお金持ちで、ガソリンスタンドやいくつかのホテルを経営している。
ふたりは仲が良く、協力しあっている。
ギタと水着に着替え、海岸へ行く。
しばらく海岸を歩いて貝を探してみるが、今日は少ない。
そのかわり、天気が良かった。
水は冷たい。 肩まで水に浸けるには時間がかかった。
入ってもなお、冷たい水に震えつつ、疲れた体を癒す開放感でいっぱい。
午後は砂浜で過ごした。
夕方、食事しに海辺のレストランへ行く。
一番長く一緒にいた、ギタとも、最後の食事になった。
のんびり話していたら、すでに9時を回っている。
巡礼中に着ていた服を燃やす、巡礼にとっては重要な岬に行くには、3キロの道を歩かなければならない。
足早にだらだらとした坂道を登って行く。
だんだん暗くなってきた。
ようやく岬の突端の灯台までやってきた。
かろうじて、夕日は待っていてくれた。 すっかり暗くなったところに、知った顔が現れた。
マリ・パスだ。
彼女は小学生の息子がいて、今、親に預け、時間一杯に歩いていた。
昨日もサンティアゴに着いたあと、広場で休んだくらいで、ここへ向かって歩き始めたのだ。
服を燃やすのは気持ちがいい。
暗闇に火の明かりが輝く。
帰り道、明日はムシアまで歩くというマリ・パスに影響され、ギタも、もし起きれたら、一緒に行くことになった。
ギタとマリ・パスも、特別の縁があるように見えた。
宿に帰ると、ベッドの上に大きなパンが置いてあった。
洗濯物を取り込みに行くと、ピラールが、
「イルデがあんたとお茶を飲もうと待っていたんだよ。」
イルデもやってきた。
「パンを買って待っていたんだよ。」
このパンは、明日の朝ご飯にしよう。
ギタに、半分分けた。 中庭で、ギタと手紙を書いた。
相手は去年の巡礼仲間である、 ドイツ人のウリに、結婚祝いのメッセージを書くのを手伝ってもらうのだ。
書き終わると、もう12時近かった。
おそらくギタは明日は6時半に起きて、最後の歩きをするだろう。
いよいよ苦楽を共にしてきたギタとお別れの時だった。
ポルトを過ぎてから、ほとんど一緒に歩き、何度も食事を共にした彼女。
「ブエン・カミーノ!」


















09.8.8 Santiago2
朝一番のバスに乗って、サンティアゴに戻るつもりだった。
なぜなら、「フランスの道」以来の友人のフェルナンドが会いにきてくれるからだ。
残念ながら、12時発のバスが、日曜の今日は始発なのであった。
イルデは朝からせっせと掃除に励んでいる。
巡礼宿には珍しく、毎日シーツを取り替えるのは重労働だろう。
ピラールは優雅に中庭でタバコを吸っている。
イルデは
「何時のバスに乗るの?私は行けないけど、今日こそピラールとコーヒーを飲んでいきなさい!」
言われた通り、支度を整えると、ピラールがおしゃれをして出てきた。
去年もコーヒーをごちそうしてくれた、バス停近くのカフェに行く。
ピラールはコーヒーを飲みながら
「イルデは働き者よ。本当に優しくていい娘なの。私は・・・彼女に比べたら少しだけいい人。でも、イルデは違う。彼女はホリデーも行きたがらないから、生まれてからずっとここを出ないのよ。私はメキシコへ行ったり、イタリアに行ったりという話は去年もしたわよね。」
そして
「今度来たら、私の家に泊まりなさい。お金は取らないわ。」
バス停にはたくさんの人が並んでいた。
来たバスは二階建て。
一人一人切符を運転手から買うものだから、荷物を入れて、切符を買うだけで、20分はかかった。
サンティアゴに着いたのは3時近かった。
早速フェルナンドに電話をすると、バスステーションで待っていてくれた。
フェルナンドは、2004年に「フランスの道」を歩いた時の仲間で、大親友のセビリアのパキと同様、今もメールで連絡しあっている。
また、2006年には、ここから170km先の彼の家に数日お世話になったこともある。
車を街の中心にある駐車場に入れ、カテドラルを見学。
五年前、ここを訪れたとき、ちょうどサンティアゴ様の背中に回っていた時、ボタフメイロ(香炉)の儀式が始まった。
それは感動的な瞬間だった。
フェルナンドはその時のことを話しだした。
あの時、フェルナンドにとっても、同じ思いだったとは、今まで知らなかった。
Barでビールとタコを食べ、次の店で小イカをつまんだ。
久しぶりに会ったせいか、思い出話に花が咲く。
また、今年の私の『道』についても聞いてくれた。 最初のひとりぼっちの5日間、ちょうどフェルナンドが電話をくれた時、上の部屋で行われていたお葬式に震えていたことなど、今となっては思い出だった。
八時になって、フェルナンドが帰る時間がきた。
駐車場まで送って行こう。
ちょうど二人でカテドラル前のオブラドイロ広場の真ん中を歩いている時だった。
携帯の電話が鳴ったのだ。
見ると、見慣れない外国の番号だった。
「ニンチェよ、携帯に送ったメールを見てくれた?フェルナンドはまだいるの?帰った?」
「今、帰るとこよ。」
「私たちは今、ホテルでゴロゴロしているんだけど、後で会わない?」
「もちろん!!」
メールをチェックすると、 『何時に戻ってくるの?連絡して!」とあった。
もう会えないかと思っていた。
いや、もしかしたらまだいるかもしれないと思っていた。
彼女たちと一昨日わかれる時に、ここへ今日戻ってくることは知らせていたけれど、彼女たちだって、予定は決めていなかった。
二人の宿は、広場で客引きをしていたおじさんの所だから、彼を捜してみようかとも思っていたほど、もう一度会いたかったのだ。
フェルナンドとわかれて、急いで部屋に戻り、シャワーを浴びる。
もうギタがここにいないのが寂しい。
明日の早朝には、私もバルセロナに飛ぶ。帰り支度も必要だった。
10時になって、窓の下から声がした。
「Hiromi~~~!]
私は窓から顔を出し、駆け下りた。
わぁ〜い!またカードができるね!
あの、小さな村で、深夜まで遊んだカードゲーム大会。 そしてその後語り合った巡礼宿の階段。
思えば数回しか会っていないのだが、関係なかった。
「カードはどこで手に入れる?」
「置いてあるような店がきっとあるわよ。ほら、ここはどうかしら」
と言って入ったアイリッシュ・バーに、あったあった!大量に置いてある。
私たちは特別カードが好きなわけでもない。
最初はコミュニケーションの手段だった。
今はその楽しかった思い出に浸りたいから・・・・・。
まずは、リリアナに教えてもらった、不思議なポルトガルのゲームからはじめよう。
負けず嫌いの私はつい熱くなる。ところが勝ちは全部ニンチェがさらっていく。
「だいじょうぶよ、Hiromi、カードでツイているってことは、恋愛にツイていないってことだから。」
あの晩と同じことを言う。こう言われると、負けても楽しい。
次は、ドイツのゲームになる。 これも、おかしなゲームで、私たち三人のテーブルは盛り上がる。
楽しそうに見えたのか、隣のテーブルに座っていた、
地元の二組のカップルが話しかけてきた。
彼らが帰ると、別のテーブルに座っている男性のグループが、メモを持ってきた。
『僕たちのなかで、一番のイケメンは誰?そしてあなたたちはどこから来たの?』
「これは返事のメモを持っていかなきゃだめね。」
三人で頭をひねって考えた。
『私たちは宇宙から来たの。』
こんなやり取りを数回した後、私たちは店を出た。
本当なら、ずっと一緒にいたかったが、翌日は5時半に起きなければならない。
二人は私の宿まで送ってくれた。
「もしあなたがポルトに来たら、喜んで案内するわ。」
「ありがとう!ポルトは大好きな街だから、きっと行くわ!」
今度はニンチェが
「あなたがもし、ドイツに来たら・・・」
「ドイツにはたくさん友達が住んでいるんだけど・・・・・・(あまり行かないだろうと考えながら)」
「なによ〜、ドイツには友達がたくさんいるから、私のとこには行きたくない!?お金でも出さないと、来てくれないってわけ?」
三人は大笑いをした。
私の宿の下に着いた。 二人に
「あなたたちは、私の本当のコンパニエーラ(巡礼仲間)よ。」
ニンチェは
「私も同じように思っていたわ。」
三人は、固く抱き合った。
昼間は賑やかな通
りだけど、今は静かで、街の明かりだけが輝いていた。
私たちは別れを惜しみながら、入り口のドアに向かった。
ふと見たら、一人の男性が、軒下に立って、さっきからの私たちのおかしなやり取りを見ていた。
この通りは、毎日こんな別れを見守っているのだろう。
































