明けましておめでとうございます。武漢の新年は穏やかに始まりました。年末、上海や南京は少し冷え込んだようですが、武漢は、常に、2,3℃暖かく、雨も無く穏やかな日々が続きました。 この暮は採点や成績評価に追われました。今学期の担当が3,4年の文学、作文、新聞だったため、中間試験は行わず、レポートで済ませました。文学では夏目漱石「心」の感想文を書かせましたが、これらの採点が年末へずれこみました。さらに、期末試験は、選択や穴埋め問題は止めて、全て記述式にしました。これも文学ですが、「『伊豆の踊子』の私は踊子達と旅を続けることでどのように心境が変化したのか」などと出題しました。こうした記述問題は、作る手間は省けますが、採点がたいへんです。3,4年生とも2クラス、約70人ほどいますので、3科目で、延べ210人の答案を読んで、採点をする羽目になりました。まず詳しく読んで、評価をA,B,Cと付けていくのですが、10人も読むと疲れてきて、評価の基準がふらつきます。その度に、息抜きをするので、なかなかはかどらず、おかげで、30日の夜まで採点を続けることになりました。おまけに、31日の朝、大学へ採点結果を提出に行くと、試験の実施報告や結果分析などやたらと書類を書かされ、無事提出が終わったのが31日の18時でした。最近、中国の大学ではどこでも成績をコンピューターでインプットするのですが、民族大学では、その他に教師の手書きの書類もあれこれと必要で、初めてなので随分戸惑いました。もっとも、蘇州や南京でも事情は同じで、ただ、中国人の先生が肩代わりをしてくれていたのかもしれません。こちらの大学では数年おきに教育局の審査があるため、なかなか形式や手続きにうるさいものがあります。 今年の中国は1月1日から3日まで新年の休日ですが、春節は1月26日からなので、正月というより普通の休日とあまり変わりません。それでも、31日、1日と武漢に一人でいる私を学生達が同情してくれて、大晦日に私の宿舎で、学生達の手料理による年越しパーティーをすることになりました。学生達はインターネットで日本の正月料理のレシピを探して来ましたので、相談の結果、カレーライスと雑煮を作ることに決めました。今学期は全く自炊をしなかったため、私の部屋には調味料や食器などほとんどありません。宿舎の備品は、調理器具としてガスコンロが二つに、大きな中華鍋とやや深い蓋付鍋、包丁とまな板、それに食器が一人前で、その他、先日買った電子レンジがあるだけです。 31日の午後1時に私の部屋へ学生達7人が集合して、食器や調味料などの過不足をチェックしてから、手分けしてスーパーへ買出しに出かけました。私は、前述したように、残った成績の登録と提出書類の作成をしに大学へ戻り、作業が終わって部屋へ戻ると、学生達は調理の真っ最中でした。メニューは、カレーライス、雑煮、小白菜、茄子、蒸し海老、牛肉の炒め物と四川風魚煮込みにご飯、デザートは餃子と団子です。調理器具や食器が少ないので、少し作っては食べて、また、作るといった按配でした。カレーライスはカレー汁がやや少な目でしたが、まあまあの出来でした。残念だったのは、雑煮が鳥を入れたせいか、中華風煮込みスープになってしまい、学生達にも不評でした。私は作り方を聞かれたのですが、何もガイドができず、和風のあっさりした出汁にはほど遠いものができました。普段は外食でも困りませんが、こうした折に心得が無いのは情けないものです。思わず、日本へ戻った時、家内に教わろうと反省しました。 料理がたくさんあったせいか、存分に食べて、パーティーが終わったのはだいぶ遅くなりました。学生達を大学の正門まで送り、部屋に戻るとちょうど年が明けました。春節では無いといえ、新年ですからあちこちから花火が上がるかと思いましたが、何も聞こえません。このあたりは武昌の郊外で、大学とアパート群が連なる住宅街ですので、新年には何も祝わないのでしょう。天候も穏やかで、静かな年明けとなりました。 話は遡りますが、期末試験の時にうれしいことがありました。今学期の途中で休学していた学生が試験を受けに戻ってきました。10月の終わり頃、初めての大学で慣れない私の世話を焼いてくれた学生達の一人が、病気で国へ帰るのでもう授業に出られないと断ってきました。世話になったので、故郷へ帰る前に食事をしようと、大学のレストランで夕食を一緒に食べました。その時、彼女は、実は子供が出来たので、国へ帰って出産して、それから復学するつもりだと真相を話してくれました。恋人は社会人で深センで働いているとのことです。大学は、結婚は認めますが出産は認めないので、病気を理由に休学するそうです。もう少し慎重にすれば休学することにはならなかったのにと思いましたが、彼女は子供が好きなので産みたいとのことです。彼女は山東省の出身ですから、そこに帰るのかと思いましたが、安徽省へ行くと言います。安徽省は恋人の実家で、そこで恋人の両親と暮らしながら出産をして、産まれたら子供をその両親に預けて復学をしたいとのことです。恋人は広東省に居ますから、彼女は彼の両親と三人で暮らしながら出産することになります。なぜ自分の実家で産まないのかと聞くと、中国では子育ては夫の両親がするのが普通だから、この方がよいと言います。私は彼女の大胆というか、勇敢さに少し驚きました。そして、彼女の決断を応援したくなりました。少子化について、日本のある婦人記者が日本の女性は出産に対して慎重すぎる、いろいろ条件や環境を配慮して、それから出産を決断するが、もっと出産に対しておおらかな方がよいのではという記事を読みました。彼女の話を聞いて、妙にこの記事が納得できました。 期末試験で試験場に入ると、彼女の顔が見えたので少し驚きました。試験後声をかけると、元気にしているとのことで安心しました。来学期か、あるいは、その次の学期にでも元気に復学してきて欲しいものです。 武漢の元旦は静かで、穏やかでした。休日のため、普段より人出は多いのですが、特に、正月という華やかさはまだありません。この後の春節を待っているのでしょう。大学も、5日から期末試験のシーズンに入ります。1日、料理を作ってくれた学生達と漢陽の帰元寺へ初詣に出かけました。帰元寺は湖北省の四大寺院の一つと言われる禅寺で、清朝前期の建立です。五百羅漢で有名で、広い堂内にちゃんと500体の羅漢が安置されていました。春節には道教の寺院や仏教のお寺は、新年の参拝客でずいぶんと賑わうようですが、この日は普段の土日と同じように、いつもより人が多いといった程度でした。ただ、参観料は通常の15元から、特別な日として20元と割高でした。 暮れの採点の疲れがたまったわけではありませんが、日本で治療が途中だった奥歯が痛み出しました。今年は、中国での旅行をせずに、直接帰ることにしました。2日に武漢を発って、上海で一泊し、知人に会って、それから3日に横浜へ戻りました。ちょうど帰省ラッシュとかで、成田の入国審査では、外国人より、日本人であふれていました。中国へ行き始めてから、三が日に日本へ戻れたのは初めてです。久しぶりに日本の正月気分を味わってみたいと思います。今年もどうぞよろしくお願いいたします。
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