蘇州近況その7 (2004年4月)


蘇州は、ここ2、3日で急に暑くなりました。日中は30度近くなり、学生達は半袖姿で通ってきます。4月も半ばを過ぎて、6月の世界遺産会議準備のスパートに入った市街では、ますますほこりっぽくなり、夜も昼ももうもうとしたほこりに霞んでいます。ところで、中国の4月の色は黄色です。先日、大学の外国語学院主催のバス旅行に参加しました。蘇州市から南下し、太湖の下側の浙江省湖州市を経て、浙江省の西の外れの大明山という観光地まで、途中1泊の延々片道6、7時間のバス旅行でした。この時期、少し郊外へ外れると、あたり一面菜の花の黄色に目を奪われます。小さい頃南京の近くに住まわれていた日本人の先生が、昔はまわりが黄色で埋め尽くされたとおっしゃっていましたが、さすがに、経済発展の著しい長江デルタである江蘇、浙江省では、田園のところどころに真新しい工場が建ち、菜の花の黄色も途切れます。しかし、バスの窓からは、畑やその畦道にびっしりと咲く菜の花がまわりを黄色く染めている光景が、次から次へと目に飛び込んできます。黄色い絨毯を敷きつめたようなという形容がぴったりです。インターネットのニュースでも、遠く昆明の野山に咲く菜の花畑の写真を載せていましたので、蘇州近辺に限らず、まさに、中国の4月は黄色なのでしょう。

さて、前回の近況をお送りしたその直後のことですが、気の重いというか、身が引き締まる出来事がありました。ひょんなことから私の高校の縁で、日本の上海総領事に蘇州大学へ来ていただいて、講演をいただく機会がありました。講演の内容は、「日中関係の現状と展望」と題したもので、ぎくしゃくしがちな日中関係をてこ入れするため、総領事も近辺の大学へ出かけては講演しているようです。内容は、最近の日中貿易の現状を踏まえて(中国の最大の貿易相手国は日本)、これまで、日本がどれ程、中国へ支援や援助を行ってきたのかを語ったものでした。ともすれば、ODAの資金援助でできた高速道路にも、由来の明記をいやがる中国政府への苛立ちを含めて、率直に話されました。聴衆は、私のクラスを含めた日本語学科の学生を中心に百名強あまりです。講演は学生によく分るよう、中国語で行い、質疑応答は大学側の通訳を入れる形をとりました。講演後の質疑応答では、ロシアからの石油パイプラインの問題や、最近の日本への留学ビザ申請へのクレームなどがありましたが、おだやかな雰囲気で終わりました。講演後の懇談で、総領事側から、上海の大学では靖国問題で質疑が紛糾したため、その覚悟で乗り込んできたが、質問も無く、いささか拍子抜けしたとのコメントがありました。こちらは、現在の蘇州では、中国の中でも最も親日的であり、また、江南のおだやかな気質から政治への関心が薄いのではないかと答えておきました。ただ、そのコメントが気になったため、翌週、授業の時間を割いて、私のクラス全員に講演の感想と質問を書かせました。その感想を読んで驚きました。日本語のため、表現は拙く、まちまちなのですが、内容はみんなほとんど同じでした。即ち、総領事の話は偏っている。中日関係を言うならば、なぜ経済だけで靖国など政治の話をしないのか。日本政府は戦争責任について十分に反省もしていないし、謝罪もしていない。日本政府は国民に対してなぜ真実の歴史を教えないのか、といったものでした。読んでみて、何となく中国政府の公式見解を見ているような気がしました。同時に皆が判で押したように同じ意見を持つことも何となく納得がいきました。中国のメディアは、日本のように右でも左でもごった混ぜということがなくすっきりしています。また、学生達が中学や高校で受け来た政治や歴史の教育でも、それが間違っているとは思いませんが、政府の解釈をそのまま載せたすっきりしたものを習ってきたと思います。インターネットがあるとはいえ、おそらく余程意識の高い学生以外は、異なった見解や事実に接することもないでしょう。学生達は、それが事実であり、常識であると思っています。この感想や質問には、日本政府は別としても、日頃接している日本人教師として、その意見や思いを語るべきでしょう。ただ、学生達の事実や常識に対して、こちらの事実や常識をどう絡ませることができるのか、とても重たいものを感じました。総領事へは、学生の感想に私なりに文章の誤字や妙な言い回しを修正して送りました。また、同じものを日本人の先生方へ渡すと共に、学生へは、感想のお礼と、私の意見は改めてきちんと時間をとって話したいと答えておきました。大きな宿題を抱えたものです。

話題を変えて、こちらの現状の中から、もう一件お話します。地元の人に言わせると、最近の蘇州は治安が悪いといいます。それは、経済開発で、急激に人口が膨らみ、外からいろいろな人が入り込んできたためだということです。蘇州郊外の西方に天平山、霊岩山という小高い丘があります。霊岩山には、春秋時代、呉王が有名な西施(中国の四大美人は、楊貴妃、王紹君、西施、豹嬋だそうですが)のために築いた離宮があり、それが現在は霊岩寺というお寺になっています。そこからの眺望がすばらしいというので、先日、日本人の先生と一緒に出かけました。蘇州には地下鉄や市内電車がなく、バスが庶民の足として普及しています。市内ならばどこでも1元で行かれます。郊外の霊岩山でも1時間余り乗りますが2元という安さです。出発が遅かったせいか、霊岩山へ向かうバスは押すな押すなの混みようでした。市内を出ても相変わらずの混雑で、結局、霊岩山の近くまで立ちっぱなしになりました。ちょうど4、50分乗った頃、停留所から走り出した直後に、何やらバスの中が騒がしく、ワンマン・バスの運転手がバスを止めて乗客に叫んでいます。少し離れたところに立っていた同僚の先生が、私のとこに来て、財布を掏られたとのことです。蘇州に長いその先生が言うには、バスが停留所を出てすぐ、後の方から財布を掏られたとの声がするので、自分もズボンのポケットを探ったところ財布が無いとのことです。乗る前に財布を確かめたので、さっきの停留所で、スリが降りる直前に、すばやく何人かの乗客の財布を掏って逃げたようです。ひとしきり運転手と乗客がもめた後、警察を呼ぶでもなくバスは走り始めました。幸い、先生は、財布にはなにがしかの現金しか入れておらず、また、その現金も他に分散させていたため、旅行を続けることができました。バスの中は盗難が多いとよく聞かされます。乗車口へ大勢の人が押しかける瞬間や、肩や背にかけたバッグやリュックのポケットが危ないと言われましたが、ズボンの横のポケットに入ておいて、それも乗客が騒ぐまで全然気が付かなかったようですので、みごとというか不安です。身近では、よく自転車が盗まれます。私もいつ盗まれてもいいように中古の安自転車を乗りまわしていますが、それでも同じ宿舎にいる住人が盗まれたと聞くと不安です。幸い、私自身はまだ被害にあっていませんが、これも現代の中国社会の断面なのでしょう。

早いもので、もう4月も下旬です。中国も、5月の初めはゴールデンウイークとなります。1日から3日まで労働節、4日、5日が青年節で休み、さらに政府が奨励して、6日、7日が振替休日となります。私の授業も6日の分が同じ週の8日の土曜に振替です。この期間は、学生も故郷へ帰り、大学は空っぽとなります。日本と同じように、故郷へ帰る人、旅行に出かける人で、道路や列車は大混雑、また、旅館やホテルも満員、おまけに料金も割高となります。まわりの中国の人は連休の予定や計画で大騒ぎですが、こちらはまだ迷っています。折角の機会ですから、まだ見ぬ中国の各地を訪ねてみようとも思いますし、中国の混雑は半端ではないため、宿舎でおとなしくしているか、まだ分りません。次回の近況では、こうした連休の様子なりご報告できればと思います。

以上

追: この週末に、IBMの同僚が蘇州へ訪ねてくれました。上海への出張で、ちょうど時間が空いたとのことで、わざわざ寄ってくれました。あれもこれもといささか引っ張りまわし過ぎたのではと反省していますが、幸い、蘇州の様子を満喫していただけたようです。おそらく、梅雨に入る前のこの時期が観光にはもって来いと思います。皆様も機会があれば中国をお楽しみください。

追2: 最近、南京大虐殺記念館の話題がよく出てきます。今年3月から入場料をタダにしたところ、連日団体客や個人客が押しかけて超満員だそうです。先日、入場を予約制に切り替えると人民網にでていました。また、この記念館を世界遺産に登録しようという動きもあるようです。私自身はまだ南京へ行ったことはありませんが、こちらとすれば何とも微妙な記念館です。