蘇州近況その15 (2005年4月)


 天候不順のせいか、蘇州の春はやや遅いのではと思われましたが、先々週あたりから、春の盛りとなり、キャンパスは満開です。今週からやや暑くなり、気の早い学生はノースリーブで歩いていますが、郊外にある文正学院では、こころなしか、蘇州市街より1,2度気温が低いように感じられます。

 さて、43日に深?と成都で起こった反日デモが、9日に北京で起こると、連鎖的に中国の各地へ広がりました。特に、この16日の土曜日に上海で起こったデモは、その規模と過激さで、また、蘇州の眼と鼻の先ということで、とてもショックを受けました。近況をお送りしている多くの皆様からも、安否のご心配をいただきました。幸い、蘇州では普段と変わらずに暮らしております。学生達も同調もせず、また、他学部の学生から嫌がらせを受けることもなく、平静に授業を受けています。

 こちらでは、海外のニュースはCCTV(中央電視台)ですばやく放送されますが、国内の騒乱はほとんど放送されません。さすがに、17日の町村外相と李肇星外相会談の様子は放送されましたが、連日、大きく報道されている日本とは大分差があります。インターネットなどで流れるせいか、半分以上の学生が反日デモについて知っていましたが、デモ隊が石を投げ、看板をたたき壊す映像を見るのとでは印象がずいぶん異なるでしょう。

 日本の新聞では、反日デモはインターネットと携帯メールで参加を呼びかけ動員したと書かれていましたが、上海のように万を超える人々をどう集めたのか不思議です。たまたまその時同僚の日本人講師の方が、上海領事館の側にいらしたとのことでしたが、附近に住む中国人もデモがあることを知らない人の方が多かったようです。あるいは、組織的な動員があったのかもしれません。まだ常任理事国の選出が始まったわけでもないのに、デモ隊がなぜあんなに過激になるのか分かりません。「愛国無罪」と叫んで警官と揉み合ったり、石やビンを投げる様子をNHKオンライン・ニュースで見ましたが、政治行動に対する過激さが革命以来の伝統なのか、それとも社会への不満や鬱憤をはらしているのか、これも分かりません。因みに、例の中国愛国者網というサイトをクリックしてみましたが、うまく繋がりませんでした。検索キーワードなどを頻繁に変えるようですから、残念ながらまだ私の中国語のレベルでは歯が立たないようです。

 最初の反日デモのあった次の日の授業で、デモのニュースを話すとともに、学生達の本音を聞きたくて、ゲーム感覚で、「日本/日本人のここが嫌い、ここが好き」を白板に書かせてみました。学生達が書いたのは、次のようなものです。

[ここが嫌い] 歴史への態度、歴史教育、侵略史、技術を秘密に
       する、政治姿勢、
礼儀が複雑、教科書事件、
       小泉首相、傲慢、多くの日本人は中国人を馬鹿にする、
       
靖国神社、婦女の地位が低い、物価が高い、戦争好き、
       軍国主義

[ここが好き]   まじめ、風物や景色、礼儀正しい、電子製品、
       先進技術、和服、
アニメ、漫画、俳優、強い責任感、
       政治への関心が低い (順不同)

学生達は、日本語を勉強していますが、まだ日本人と話したことがほとんどありません。また、日本の社会や歴史についても学んでいないので、普通の中国の学生と知識や感覚は同じです。歴史、教科書、靖国など、こちらの学生にとっては「事実」なのでしょう。

 返答の代わりに、私の「中国/中国人のここが嫌い、ここが好き」を書きました。

[ここが嫌い]   列に並ばない、突然やって来る、タンやつばを
       やたらと吐く、
ゴミをそこらに捨てる、面子にこ
       だわる、トイレが汚い、カンニングが多い

[ここが好き]   熱心に勉強する、親切、老人や目上の人にやさしい、
       明るく陽気、
差別をしない、礼儀正しい、自立している

多少お世辞も入りましたが、学生達はニヤニヤしておりました。

 17日は、たまたま、中国人の先生方と会食しました。先生方は日本への留学経験があり、日本についてもよくご存知です。その先生方が言うには、デモへ参加する人たちは日本について何も知らない、日本が平和憲法を持っていることや、また、これまでODAで中国のインフラの整備に大きく寄与してきたことも知らないでデモをしている。愛国意識とともに、日本が自分達よりも豊かで繁栄していることへのやっかみと中国社会への不満や鬱積から過激行動を行うのではないかということでした。また、中国では、小学校から政治・歴史が必須科目であり、中学から大学・大学院までの試験科目にも政治・歴史があるようです。そして、この歴史は、古代史ではなく、近現代史、共産党の建国史だそうです。

 外相会談の結果は、すれ違ったままで終わりました。私の授業では、毎回「今日の話題」として、日本での面白いニュースなどを紹介しています。18日の授業で、重たい話ではありますが、日本語を学ぶ学生が知らないのは不自然ですので、16日の上海デモ、17日の外相会談の結果を紹介し、私なりの中日の争点と私自身の意見を簡単に説明しました。

中国の主張: 日本は、靖国神社への参拝や教科書検定に見られるように、過去の戦争への反省が不十分である。反省していない。

日本の主張: 日本は、過去の戦争について十分反省している。そのため、アジアや中国へODAなどによる援助を行い、また、これまで外国で武力を行使したことがない。靖国神社への参拝は、死者は浄化されるという日本の文化、慣習である。教科書検定は、表現の自由を尊重し、虚偽の記述のみを検定し、どの教科書を使うかは学校の選択に任せている。

私の意見:  日本がアジアや中国を本当に思うならば、その国の人々の感情を大切にすべきである。靖国、教科書はもっと説明すべきであり、あるいは、その国の人々と相談すべきである。必要ならば改善すればよい。今、懸念は反日デモでの暴力行為であり、これは逆効果であり、日本の中国離れや中国嫌いを増やす。

日本語での説明ですので、学生達にどこまで通じたのか分かりません。白板に書いている時、内容についてだいぶざわついていましたが、質問や反論はありませんでした。一般に語学系の学生は、それも女子学生は政治や歴史が嫌いなようです。いつも授業では内職をしていると聞きます。それでも、上述した中国の主張は、学生達の常識であり、当たり前の事実となっています。逆に、ODAを知っている学生はおりませんでした。最後に、反日デモについて質問や意見や相談があればいつでも私のところへ来るようにといって話を終えました。

 この2,3日、人民日報のネットニュース(日本語版)で気になるものが二つありました。一つはドイツの戦争責任の取り方を扱った記事が多くなりました。もう一つは、抗日行動を抑える論評や記事が多くなってきました。19日に載った評論はタイトルも「われわれはどのように愛国の情熱を表現するのか」というものでした。同じ日、人民大会堂に3000人近くの共産党員や解放軍を集めて、李肇星外相(りちょうせい国務院外交部部長)が1時間以上に渡って、近年の日本政府の右傾化、中国政府の原則、また、中日関係の重要性と民衆の理性的な対応への指導をせつせつと訴えておりました。この模様は、実況を含め、昨晩、今朝と何回もCCTVで放送されておりました。一部の日本のメディアが分析するように、中国の首脳部が、反日デモが反体制へとの拡散するのを恐れたかどうかは分かりませんが、沈静化への動きが始まったようです。

 蘇州は、高層ビルが林立する上海から離れた地方都市で、また、京都のような歴史的な文化都市といった面もあるため、どことなくおっとりしています。銀座通りである観前街ではこの10日に、反日デモがあったと聞きますが、私の周りでは誰も知りませんでした。大学のキャンパスも普段と変わりません。政治や経済動向への感度も上海よりだいぶ遅いと言われますが、車の渋滞で身動きが取れない上海と比べると、だいぶ居心地良く暮らせます。今、上海や北京では、街の中で声高に日本語を使うことがはばかられると言われますが、こちらでは料理屋などで日本人丸出し?に飲み食いしております。

 昨年の今ごろ、中国の春は黄色ですと近況で報告いたしましたが、この一年で、蘇州の周りも開発が進み、一面の菜の花が見られなくなりました。大学のキャンパスでは、日本から送られた八重桜、黄梅とも言われる迎春花などが咲き誇っています。昨年は桃に見えた蘇芳(すおう)も多く見られます。こちらの桜はまだ小ぶりで、日本の大きな枝一面の桜には大分見劣りがしますが、その代わり、大きな木の一面に花を咲かせる桐や木蓮がみごとです。日本に居る時には、あまり桐の花を見たような覚えがありませんが、こちらでは大きく張った枝いっぱいに、白か、薄紫の花を咲かせています。蘇州に来て初めて春の落葉を知りました。クスノキやモチなどの常緑樹は、この時期、新葉と入れ替わるため落葉するようです。秋の落ち葉と同じように風に揺らいではらはらと葉が落ちます。キャンパスや宿舎の道路は、この落ち葉とそろそろ散り始めた花びらで埋まり、その中を清掃員のおじさん、おばさんたちが大きな箒でゆっくりと掃いてまわっています。

 昨日、5月の連休の日程が発表になりました。5月1日から7日まで連続休暇となります。中国全土が連休となるよう政府が奨励しています。ただ、5日と6日は振替え休暇で、5日の分は4月30日(土)に、6日の分は8日(日)に授業を行うことになりました。5月4日の五四運動の記念日に反日デモの呼びかけがあるようですが、そろそろ沈静化して欲しいものです。22日の首脳会談で一挙に好転することを祈りたい気持ちです。