南京情況その5 (2008年3月)

 2学期が始まるため、221日に南京へ戻りました。今年の中国、特に、江南の冬は50年ぶりの大雪で大変だったようです。めったに雪が積もらない南京でも、3回も5cm以上積もったそうで、空港から市内へ入る途中では、建物の陰に所々雪が残っていました。積雪のおかげで、中国のあちこちで、電気、水道、道路などのライフ・ラインがやられ、たくさんの犠牲者が出たようです。幸い、3月に入って暖かくなり、近ごろでは20℃を超す日も出始めました。

 3月は政治の季節でもあり、北京で全国人民代表大会や全国政治協商会議が開かれました。胡錦濤−温家宝体制が再任され、さらに、胡主席の後継者と目されている習近平氏が副主席に選任されました。温家宝首相の政治報告では、経済成長率8%、物価上昇率4.8%だそうです。同時に、今年はいよいよ北京オリンピックの開幕を迎え、成功に全力を尽くすと、不退転の決意を表明していました。テレビでは毎日、オリンピックまであと14I日とカウントダウンが始まり、南京の街でも、マスコット人形の五福娃(フーワー)のディスプレイが人目を惹きます。政治と言えば、日本では大騒ぎの中国餃子薬物混入事件で、せっかくの日中共同捜査も喧嘩別れに終わり、真相の究明は難しくなりつつあります。こちらでは、もうあまりニュースになることもなく、学生達に聞くと、さすがに事件は知っていましたが、あれは日本の事件ですともはや過去の事になりつつあります。

 2学期は26日から始まりました。担当は、1年生の会話、2年生の作文、会話、日本文化と4年生の卒論指導です。1年生は日本語を習ってまだ半年ですので、会話や聞き取りでもまだまだ不自由ですが、目の前で聞く初めての日本人の日本語を一言たりとも聞き漏らすまいと必死です。こちらもいつになく熱が入って、やりがいがあります。

 前の情況にも書きましたが、4年生の就職活動は昨年の11月ごろから始まっています。今年の日本語科の4年生はだいぶ苦戦のようで、現在でも、まだ半数以上がこれはという会社と契約できずにいます。中国では即戦力が求められることと、大学新卒者が年々増えていることで、最近では、大卒初任給が下がっている程です。23年前に、初任給は3000元と書きましたが、契約できた学生に給与を聞くと、だいたいが20002500元あたりで、3000元以上はあまりありません。IT技術者などで、5000元というのも耳にしますが、一般の学生にとってはだんだん3000元に届かなくなるようです。

 4年生の卒論指導を始めたいのですが、ほとんどの4年生は大学に居りません。こちらの企業は学生と契約すると少しでも早く働かせたいようで、実習と称して会社で働かせます。また、契約していない学生も必死で実習先を探し、実習を通してうまく認められ、契約へこぎつけたいと必死です。実習は必須科目でもあり、実習後にレポートを提出すると単位になります。4年生の2学期ともなると、もう必須科目は卒論とこの企業実習だけになります。そんなわけで、卒論指導が始められず、少しやきもきしています。私が担当する学生は5人ですが、仕方なく学生達にはメールで卒論の指示を与えています。しかし、メールだと今ひとつ学生達の反応も遅く、忘れた頃に返事が届きます。この調子では、卒論の締め切りの5月頃に、てんてこ舞いしそうで、何となく不安です。

 さて、今回は面子について書いてみようと思います。中国の人は面子を大切にする、面子がつぶれることを極端に嫌うといわれます。面子とは辞書では、体面、体裁と出ていますが、良く言えば、誇りやプライドを大切にすること、悪く言えば、うぬぼれが強く自己中心となります。身近なところでは、友人とレストランなどで食事をする時、常に食べ切れないほどたくさん注文し、食事が終わると勘定を全て払おうとします。レストランのレジで、どちらが払うかで争っている光景をよく見かけます。また、お客の方は、料理をあちこち食べ散らかして、残した方が、相手の面子を思う配慮だそうです。最近、メディアなどで、環境への配慮から、食べ物は残さないようにしようというキャンペーンを見かけますが、なかなかなくならないようです。

 学生を含めて、中国の人の方が、日本人よりプライドが高く、自分自身をより積極的に評価しようという傾向が強いように思えます。学生達の中国式の履歴書を見ると、自分は成績優秀であり、学内からも常に高く評価されているといった表現が見られます。1年生に自己紹介を書かせたところ、女子学生の何人かは自分の特徴として、可愛いとか、美人と書いてきました。一般に、こうした積極的な自己評価が良しとされているのでしょう。

 中国での離職率の高さが問題にされます。卒業生達も苦労して就職先を見つけ、入社しても、1年もたたないうちにどんどん転職していきます。これも面子と関係があるようです。彼等は、自分は能力を持っており、機会さえあれば、もっと重要で大きな仕事ができるはずだと思っているようです。新入社員に与えられる仕事は高が知れており、単純な事務作業が多いのですが、こうした仕事が長く続くと、彼等は自分の可能性を捨てているように思うようです。親が苦労して大学まで出してくれたのに、これでは面子が立たないと思うのでしょう、転職先も決まらないうちに、すぐ辞めてしまいます。現代の中国ではアメリカと同じように、インタープレナーというか、企業家意識が高いと言われますが、これも、金儲けへの執着以上に、面子意識があるのかもしれません。

 面子の悪い面では、自己中心や身勝手さが目に付きます。自分の都合は考えても、相手の都合に思いをめぐらせることはあまり無いようです。会議の予定や食事の約束、アポイントなど一週間以上余裕のあるものはほとんどありません。ひどいのは前日や当日に電話がかかってきて、パーティーがありますとか、これから伺いたいがなどと言われます。前述した卒論の連絡でもそうですが、こちらから卒論の梗概や概要を送れといくらメールしても梨の礫で、だいぶたってからいきなり本論が送られてきたことがありました。また、学生からよく授業以外に様々な日本語の文章の添削を頼まれますが、簡単にお願いしますとあるだけで、あまり事情説明はなく、締め切りの期日もありません。こちらから問い質すと、実は明日までとか、至急お願いしますと言われます。あたふたと添削して、送り返しても、お礼の返事すらないことが多々ありました。これらは、普段は素直で、礼儀正しい学生達の反応ですから、人との係わりやコミュニケーションにおいて、自分の希望や都合ばかり考え、相手の都合や労力をおもんぱかる余裕はあまりないのでしょう。

 こちらに住む日本人の中では、こうした中国の人の身勝手さに辟易して、だいぶいらついている人が多いようです。しかし、私自身は次のように考えるようになりました。一つは、中国の社会そのものが、まだこうした社会マナーに対して十分成熟していないと思っています。学生達だけではなく、親や先生達を含めて、こうしたマナーが十分に浸透していないからでしょう。もう一つは、こうした連絡や依頼に対して、日本人の方が逆に気配り過剰で、神経質ではないのかと思うようになりました。学生達から頼まれると、つい日本人的な律儀さで完璧に処理しようとしますが、学生達はダメモト感覚で頼んでいることも多く、おそらく、断っても、あまり失望することもないでしょう。あまり肩肘はらず、出来る範囲で気楽に対応してあげればよいのではないでしょうか。

 もっとも、面子意識の強い、プライドの高い中国の人達とうまく係わることは、師弟関係で結ばれている大学よりも、利害関係が先行する会社や企業の方がたいへんでしょう。相手の面子を損なわず、うまく指導し、意欲をもって働いてもらうには、どんなノウハウが必要なのでしょうか。このあたりも、これから機会があれば探ってみたいと思います。  

 だいぶ暖かくなったせいで、街のコブシや木蓮も咲きはじめました。柳の新芽もあざやかな若草色に萌えています。南京でも所々にある桜の花がほころび始めたようです。学生達は南京の春は短く、すぐ夏になるといいますが、これから過ごし易い春を存分に満喫しようと思います。