南京では今週の日曜日から、どうやら梅雨明けになりました。これまで、曇りや小雨の日が多く、気温も24、5℃前後で、比較的過ごし易かったのですが、この日曜日から最高気温が34、5℃近くまであがり、すっかり暑くなりました。日ざしも刺すように強くなってきましたが、まだムッとするような湿気がないのが救いです。プラタナスの街路樹は大きな葉を青々と茂らせ、その中をおばさんや娘さん達が直射日光を避けるため、レースの日除けで腕や肩を覆い、サンバイザーの長めの鍔を下に曲げ、顔を覆って自転車や電気自転車で通り抜けます。以下では南京の夏の風物詩を紹介しましょう。 5月の連休が終わったあたりから、あちこちのレストランで龍蝦(ロンシャア)の看板が目に付くようになります。龍蝦とは日本で言うザリガニのことですが、南京では5月から6月、どこのレストランでも龍蝦がメニューにのります。大きさによって値段は違いますが、30元から60元で、辛めに油で炒めた龍蝦が山ほど出てきます。ビニールの手袋をはめて蝦をつかみ、腰のところから二つに折って、尾の方にあるわずかな肉をかじりとります。辛いのでビールによく合いますが、手や口の周りは油だらけになります。蘇州でも龍蝦を食べさせるところはありましたが、こんなに方々の料理屋にあるのを見ませんでした。南京の人は龍蝦をかじって夏を感じるのかもしれません。 6月の中頃、スイカを山のように積んだオート三輪が街のあちこちに停まっているのを目にするようになりました。近郷の農家が畑で取れたスイカを市街に持ち込んで、路上にスイカを積み上げ、あるいは、車の荷台に積んだまま売っています。こちらのレストランでは無料のデザートはほとんどスイカです。スイカは一年中あるのですが、でも、この時期、畑で採れたてのスイカを一斉に売り出すのでしょう。中国でもスイカの良し悪しは叩いて判断するようで、路上の店先で、スイカを見立てる人をよく見かけます。
食べものついでに、もう一つ。日本の中華料理屋では夏になると冷やし中華を売り出すようですが、こちらでも同じようなものがありました。涼面といいますが、注文すると、蒸した面と千切りの胡瓜や野菜、ハムや焼豚などを、良く言えばアルミのボウル、悪く言えば洗面器に入れて、タレを加えて、掻き雑ぜて終わりです。さすがに高級店では見かけませんが、街角のラーメン屋や大学食堂では、この時期人気メニューの一つです。 6月の初め、南京の街には、にわかに花売りが増えます。大きな籠に数輪ずつ束ねた小さな白い花をたくさん入れて、1束1、2元で売ります。信号待ちしている車の脇へも近づいて売り歩きます。聞いてみると、花は梔子(クチナシ)でした。香りが良いので、車の中では芳香剤になるのでしょう。この時期だけ街頭の花売りが増えるので、何かのお祭か、節気の供えものとも思ったのですが、こちらの人に聞いても、開花どきだからでしょうとそっけない返事です。蘇州では見かけませんでしたので、南京の夏の風物詩かもしれません。2束買って帰って、コップに生けました。 今年の6月19日は、旧暦の5月5日、端午の節句です。子供の日とは無縁ですが、菖蒲や蓬を飾って、粽(ちまき)を食べて祝う慣わしです。朝、授業に出ると、学生達から大きな粽をたくさんもらって、休み時間に食べました。中華粽ですから、栗の入ったものや肉の入ったものといろいろで、二つも食べれば満腹になります。由来は、戦国時代に亡国を嘆いて自殺した屈元を偲ぶことにあるようですが、同時に、この日は龍舟(ドラゴンボート)レースがあるのでも有名です。南京でも、玄武湖や莫愁湖であると聞きますが、授業のために行けませんでした。 前回、卒論の指導で忙しいと書きましたが、いよいよその卒論の答弁会が18日に行われました。4年生は2クラスと数が多いので、答弁は、教師が3グループに分かれて、20名強を分担して行うことになりました。質問は指導教官が3問、あとは、他の教師が適宜行います。日本語科は初めての4年生、初めての論文審査ですので、各先生方にも戸惑いがあります。まず、論文の内容を説明させ、それから質疑に入ります。残念だったのは、論文に対する答弁ができたのは少数で、大半は、持参した自分の論文の関係箇所を読み上げての回答になりました。たどたどしく回答している学生を見ると、これまでちゃんと教えたはずなのにと、若干忸怩たる思いがありました。答弁は午前中で終わり、午後からはグループ単位で論文の評価に追われました。優、良、可、不合格と区分けして、さらに優の中から、優秀論文を2、3遍選びます。幸い、不合格はなく、めでたく提出者全員が合格となりました。また、優秀論文の1篇には、私にも時々質問してきた学生のよしもとばなな論が入りました。 全員合格を予想したわけではないのでしょうが、この日の夜、近くの大酒店で、外国語学院主催の謝師宴(謝恩会)が行われました。英語科と一緒でしたので、200人以上の大宴会で、論文の緊張から解放された学生達と、乾杯や記念写真で大騒ぎとなりました。学生達の中には、このあと2次会で明け方近くまで盛り上がり、また、これが最後と好きな女の子に告白する学生も多かったと聞きました。 学生達はこの後、22日に自由参加の卒業式、25日には寮を出て、大学を離れます。この時期、キャンパスを歩くと、あちこちで、欧米風の黒いガウンをはおり、角帽を被った学生達が記念写真を撮っている姿が目に入ります。ガウンはレンタルで10元だそうで、学卒と院卒では若干違いがあるそうです。また、キャンパスの中に店を広げ、不用となった本や生活用品を売っている学生も居りました。 学生達に就職先を聞いてみると、大学院へ進学するものが4名、南京の企業に就職したものは1割程度、他は、上海や江蘇省の蘇州、無錫などの企業へ、また、北京へ行く学生も何人かおりました。こちらの企業では、採用を決めた段階から、学生達に働くことを求めますので、寮を出た学生達は引越しが終われば、すぐに各企業で働き始めます。学院長が言っていましたが、英語科の学生より、日本語科の学生の方がまだまだ就職事情は良いようで、皆それぞれに行く先を決めて巣立って行きます。 さて、今学期は、練り歯磨き、ペットフード、ピーマン、果ては紙ナプキンや楊枝まで、食の安全性がよく問題になりました。もっとも、北海道の食肉業者の不正をみると日本でも大きなことは言えません。極めつけは、5月の末に、太湖で起こりました。太湖は中国でも3番目に大きな湖で、無錫や蘇州などの大都市の近くに広がります。5月の高温と雨不足で、太湖の水位が下がり、湖の水が高富化状態になり、青藻が異常繁殖しました。これが、太湖の水を水道に使っている無錫に災いし、水道の水を飲んだ人が入院するという騒ぎになりました。無錫の日本人の先生にお会いしたので、様子を聞くと、水道水に異臭がして、しばらく使えなくなったようです。飲料はもちろん、何日かは手を洗ったり、シャワーを使うこともできず、不便だったとのことでした。市内のスーパーでは、ペットボトルの水がすぐに売り切れました。テレビのニュースでもやっていましたが、1元のペットボトルの値段が倍になり、中には、25元もとる悪徳業者も出たようです。政府は緊急対応として長江の水を太湖に引き込み、また、ちょうど梅雨に入って降雨があり、もとに戻ったようです。対応が長引いたことで、市の水道局幹部が更迭されました。無錫は無錫市だけでも100万都市ですから、その影響は大きなものがあります。幸い、長江の水を使う南京では何事も起こらず、今学期も快適に過ごせました。 いよいよあと2科目の期末試験で、今期の仕事が終わります。ちょうど2年間南京で教えたことになります。ここ連日、テレビでは、香港返還10周年の記念番組で賑やかです。7月1日がその日になりますが、こちらは、4日に南京を発とうと思います。来年度の契約更新も無事に終わりました。さらに、もう1年南京でがんばることになります。いつもは中国の国内を旅行しながら日本へ戻りますが、今期は7月の中旬に元の会社の友人達と念願のシルクロードの旅に行くことになりましたので、まずはまっすぐ帰宅します。そろそろ、湯船にたっぷりと湯を満たした温泉が恋しくなりました。日本の皆様とは機会があればよろしくお願いいたします。だんだん酷暑に近づきますので、健康にご留意ください。
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