蘭州近況その26 (2013年10月)


初冬の楡中

 キャンパスの周りはすっかり冬の気配になりました。紅葉した木の葉は散り始め、あと12週間もすれば丸坊主になるでしょう。朝晩の気温は零下に近く、先日は霜が降りました。付近の農村ではすっかり収穫が終わり、赤茶けた地肌をみせた田畑が広がります。今学期は授業時間が少ないせいか、まだまだ始めたばかりという気でいましたが、早いもので、もう学期も半ばを過ぎようとしています。

ただ、この秋は9月で中秋、10月で晩秋と例年より早く訪れましたが、まだ雪も降らず、中国を悩ます濃霧もありません。幸い、20日に待っていた暖房が入り始め、夜も暖かく眠れるようになりました。

ところで、新1年生には会話を教えていますが、これまで授業は5回ありました。9月の半分以上は軍事訓練で授業が無く、また、国慶節の連休があったため、思ったより授業回数が進みません。甲、乙の二クラスで32名、内、男性が13名と3分の1以上を占めます。これは今までになく男性が多いので、教師たちの期待度が高まりました。甘粛省の出身者は2名で、他は全国にちらばっています。年齢は199610月生まれがもっとも若く、19944月生まれが年長者でした。96年というと現在ちょうど17歳ですが、飛び級か、小学校への入学が早かったためと思われます。1名をのぞいて、学生たちは全て日本語が初めてです。大学受験英語のせいでなんとか英語は話せますが、日本語は全く話せません。

さて、初回から授業では英語はほとんど使わず、下手な中国語を少々と、あとは全て日本語で通しています。文法などの説明は中国人教師から中国語で教わることでしょう。始めの23回は「あいうえお」をかなとカタカナで教えました。なぜかかなの方が覚えはよいようで、カタカナになると練習が足りない学生はいまだにつっかえます。どこでも同じでしょうが、クラスにも個性があります。どうも甲組は静かな学生が多く、授業ではあまり反応がありません。なるべく指名して基本文型を言わせますが、小さな声でぼそぼそ答えます。それに対して、乙組は積極的な学生が多く、授業でも何か話せば反応してきます。指名した文型でも間違えても屈託がありません。乙組のようなクラスだと、教師もノリがよくなり、スイスイと進みます。おかげで、授業の進捗に差が出て、乙組の方が教科書を2頁も先へ行ってしまいました。他の先生の授業を含めて、もう少し日本語が分かってくると、甲組の反応も違ってくるかもしれません。まあ、あまり焦らず、どうしたら甲組の進捗が回復できるのか、思案中です。

 

中国を覆うPM2.5

 今シーズンは昨年話題となったPM2.5を含んだ濃霧の到来が早いようです。北京では夏にも濃霧が漂ったそうですが、国慶節の連休あたりからたびたび霧がかかるようになり、テニスの中国オープン、女子プロゴルフ・ツアー、北京マラソンと北京で行われた大型スポーツエベントのたびに霧が話題となりました。濃霧は北京ばかりでは無く、沿岸部や内陸部の大都市でも見られたようです。

 ところで、20日に東北のハルビンが酷い濃霧に襲われました。数メートル先も霞み、高速道路や空港は閉鎖、小中学校は休校になったようです。中国では昨年から各都市のPM2.5の状況を数値化して公表し(大気質指標:AQI)、100を超えると軽度汚染、150で中度汚染、200で重度汚染、300を超えると厳重汚染として警告を出していますが、この時のハルビンでは、500としていた最大汚染数値を超えたために、計測不能になり、1000を超えているのではないかと噂されました。(これを「爆表」というのだそうです。)この濃霧はハルビンに留まらず、数日後には長春も襲われ、東北の諸都市へと広がったようです。これまで、濃霧は冬から春にかけて、また、北京や内陸の大都市周辺で発生していましたが、比較的自然が豊かな東北三省(黒竜江省、吉林省、遼寧省)が襲われたことで、全国に驚愕が広がりました。後で発表された原因として、1)風などの気象状況、2)周辺農地でトウモロコシや小麦の茎が燃やされた煙、3)冬の集中暖房が始まり各所のボイラーが稼働した、と三つがあげられました。私はこれを聞いて、なんとなく信じられませんでした。農地が広いといってもトウモロコシや小麦を燃やした煙が東北の諸都市を覆うのでしょうか。また、楡中も同じですが、この時期の集中暖房のボイラーはまだ慣らし運転で、1月や2月の厳冬時ほど本格稼働していません。はたしてこれだけなのでしょうか。中国のこれまでの対応は汚染源を大都市の周辺へ移転させただけで、総量は減っていないのではと疑っています。この東北の濃霧をきっかけに、北京を始め、各大都市で大気汚染対策の予算が計上され、対応策が発表され始めました。中央政府はさらに、北京、天津、河北省の諸都市に対して、50億元の対策費を投入するそうです。

 現在、中国で一番大気汚染が深刻なのは、北京市を囲んでいる河北省の諸都市、石家荘、唐山、ケイ台などだそうです。北京の汚染が拡散し、割を食っているのでしょうか。これまで蘭州は冬の大気が中国で一番汚いと言われてきました。それが、この秋はまだ重度や厳重汚染に達したことがなく小康を保っています。今月から蘭州でも自動車の稼働制限を始めるようで、奇数日は奇数ナンバー、偶数日は偶数ナンバーの車しか走れなくなるようです。また、楡中の農村では東北のように収穫後のトウモロコシや麦の茎は燃やさずに農村の道路という道路に広げ、走行の車に砕かせて、腐らせ、肥料として使っています。ただ、これは煙を出さないというより、この方が費用がかからないからだと思います。ともあれ、中国全土で頑張らないと、来年の1月から3月にかけて、厳冬や黄砂の時期にどうなるのか、心配しています。

 

中国の小メッカを歩く

 中国西北部にある甘粛省、青海省は回族、チベット族がたくさん居住しています。国慶節の連休に甘粛省の南にある甘南チベット族自治州へ行った時、蘭州市の西にある臨夏回族自治州を通り抜けました。以前にも書きましたが、バスが臨夏に入ると高速道路沿いにたくさんの回教寺院(モスク、中国語では清真寺)が見えてきます。あたりは黄土高原が終わり、樹木が茂る田園地帯ですが、木々の間から、モスク独特の尖塔が次々と見えます。なぜあんなにモスクが多いのかと思っていましたが、後で、臨夏は「中国の小メッカ」と言われる程、古くから回族の中心地だったことを知りました。モスクはアラビア風の大きなドームを持ったものから、中国風の黒い瓦屋根でできたものと様々で、興味がつきません。一度、臨夏のモスクを見て歩きたいと思っていましたが、10月の下旬に思い切ってでかけることにしました。

 臨夏は、蘭州市の西にある甘粛省の行政区の一つで、1市、5県、2自治県からなり、面積は約8200ku(兵庫県程度)、人口はおよそ213万人、そのうち少数民族が59.2%で、イスラム系少数民族が57%と過半数がムスリム(イスラム教信者)になります。中でも、広河県は人口約23万人のうちムスリムが98%と集中しています。蘭州から高速を走り、臨夏に入ると、ほぼ20q間隔で、三甲集鎮、広河県、和政県のインターチェンジが続き、臨夏市へと延びています。モスクは三甲集鎮から和政県にかけて、点々と造られています。臨夏市に外国人が泊まれるホテルがあると聞きましたので、今回はまず、臨夏市に泊まり、翌日、三甲集鎮まで戻り、そこから田園の中のモスクを見て歩く計画を立てました。ところが、実際に行ってみると、思ったようにはいきませんでした。まず、高速からみると田園の中に建つモスクというイメージでしたが、実際には、高速と並行して国道が走り、その国道沿いにモスクが点在していました。国道には頻繁に車が往来しており、田園をゆったり歩くというわけにはいきませんでした。次に、高速からは次々に見えたモスクが、歩いてみると数百mから1qの間隔で点在し、モスクからモスクへ巡るのは少々たいへんでした。結局、三甲集鎮から歩き始めましたが、疲れてしまい、目標にしていた広河県へはたどりつけず、途中で乗り合いバスを拾って臨夏市へ戻りました。

 それにしても街道沿いにはたくさんのモスクがありました。町中では四辺に四つの尖塔(ミナレット)を持ったアラビア風の大規模なモスクから、村へ行くと、一つ、あるいは二つのミナレットがある瓦屋根の回族風モスクまで様々でした。モスクに入ると、中央に立派な建物があり、それが礼拝所でした。イスラム教寺院と書きましたが、正確に言えば、立派な本殿の中にご神体や仏像があるわけではないので、寺院というよりモスク、あるいは礼拝所と言った方が正しいようです。カメラを片手に外国人がふらふら入っていくと、モスクによっては入るなと断られる所から、何も言われず自由に写真をとれる所、また、どこから来たのかと親しげに話しかけられる所といろいろでした。総じて、田舎のモスクほど勝手に入れました。日本人からすればこんな田舎になぜモスクがたくさんあるのかと疑問に思いますが、考えてみれば、日本でも1キロ四方に必ず寺院があるでしょうから、不思議なことはありませんでした。ムスリムは15回の礼拝が原則で、少なくても週に一度は集団で礼拝を行わななければなりません。そのための礼拝所が村や集落に一つはあるのが当然でしょう。ただ、モスクには礼拝時間を知らせるミナレットが必ずあるので、遠くからでもよく目につきます。

 回族は唐の時代に西方から来たムスリムが中国で土着化した民族だと言われます。民族というより、ムスリムの中国人と言った方が近いのかもしれません。服装を除けば、漢族と見わけがつかないと言われます。ただ、私には臨夏や広河県を歩いていて出会った女性や子供達は目鼻立ちがはっきりしていて、どことなくトルコ系の血があるように思えました。回族は現在、中国全土で1000万人弱いると言われます。ただ、寧夏省や甘粛省、青海省にいる回族を除くと、だいぶ同化が進んでいるようです。臨夏市でレストランを探していると、地元のレストランではよく入口に「酒類お断り」という張り紙を見ました。そうなるとついつい四川料理などと書いてある漢族レストランへ入ってしまい、我ながらちょっと情けなく思いました。機会があれば回族の生活や文化をもっと見てみたいと思います。