蘭州近況その25 (2013年9月)


ポリープの切除

 毎学期、異国で病気になるのがいやなので、日本へ戻ると健康診断を受けることにしています。7月の末に受けた健診で、消化器の異常が見つかりました。医者と相談すると、胃と腸の内視鏡検査を勧められました。別々に検査を受けてもよいのですが、日程に余裕が無いのと、検査を受ける度に食事を制限されるのが面倒なため、8月中旬に両方の検査を受けました。以前、胃カメラではだいぶむせ返ったことがあるので、緊張して臨みましたが、胃の方はあっという間に終わり、異常がありませんでした。ところが、腸の検査で大腸にポリープが見つかりました。内視鏡のディスプレイを見せられると、自分でも分かる程です。やや大きいためその場では切除せず、大きな病院での処置を勧められました。翌日、診断結果を持って近くの病院へ相談に行くと、手術ではなく内視鏡での切除でよいそうですが、念のため1日入院するよう言われました。そして、病院のベッドの都合から、処置日が一番早くても92日になりました。

 92日は新学期が始まる日です。もともと830日に帰任する予定でしたが、仕方がないので、大学へ連絡し、帰任を1週間延ばしてもらいました。また、航空券もさっそく変更の手配を行いました。腸の内視鏡検査では、検査の朝に2リットルの水に溶かした下剤を飲まなければならず、なかなか大変です。切除は思ったより時間がかかりやきもきしましたが、あとで時計を見ると予定通り30分で終わりました。処置後は車椅子で入院病棟へ運ばれました。入院は大学時代にしたことがありますが、それ以来で久しぶりでした。その日の夕食にはもう普通食が出されました。夜は気が張っていたせいか、病院のベッドでもよく眠れました。翌朝、朝食後に処置医が様子を見に来てくれて、異常が無いというとあっさり退院が決まりました。

 96日に弟夫婦に車で送ってもらい、羽田から帰任しました。ただ途中上海で1泊し、ゆっくりと戻りました。楡中の宿舎には7日の夕方たどり着きました。幸い、宿舎の部屋は電気や水道も異常が無く、シャワーを浴びて寝ることができました。今学期は授業が少なく、当面1年生の会話、2年生の作文と8コマだけでいいようです。それに、1年生は軍事訓練のためまだ授業がありません。

授業は12日から2年生の作文を始めました。学生たちにはメールで休講を伝え、宿題を出して置きました。授業で、休んだ分の補講を相談すると、中国人の先生による代講授業があったことを聞かされました。日語科では新学期の始めから休講ではみっともないので、代講を手配してくれたのでしょう。おかげで補講をしなくて済みました。また、帰任した週の週末には、外国語学院の副院長と日語科の主任先生がわざわざ楡中の宿舎まで見舞いに来て、様子をたずねてくれました。手術をしたわけではないので、少々面映ゆいところがありましたが、ありがたくお見舞いの牛乳パックとバナナをいただきました。

処置したところが悪化するとまた周囲に迷惑をかけるので、しばらく大事にしていましたが、1週間過ぎてから、夕食でビールを、また寝酒の白酒を少しずつ始めました。現在は何も異常が無いので、日課の1万歩の散歩を続け、また、先週には萃英山へ登ってみました。順調にしております。

 

楡中の中秋

 7日に楡中へ帰任した時、最初に肌寒さを感じました。その夜は寒くて夜中に目を覚ましました。今年の楡中は例年より寒いようです。気温は日中で20℃前後、夜は寒い時で67℃まで下がります。また、乾燥地帯のわりにはあまりカラリと晴れず、曇りがちで朝や夜によく雨が降ります。どうも初秋を通り越して、いきなり中秋、晩秋へ入った気配です。花は春に比べるとあまり目立ちませんが、キャンパスや周囲の農村のそこここに薄紫の野菊がたくさん咲いています。西側にある気象学院の庭にはマリーゴールドが鮮やかに咲いていました。しかし、楡中の秋は花より果物のようです。農村を歩くと、まだトウモロコシが茂り、キャベツや白菜、ブロッコリーなどが出荷の時期を迎えています。果樹園では梨やリンゴがたわわに実っています。キャンパスの周りでは近くで採れた果物を並べた屋台の店がたくさん出ています。葡萄、梨、リンゴ、スモモ、ナツメ、それに、ミカンやザクロ、柿なども並んでいます。お勧めは梨だと思います。11元と安く、20世紀ほどではありませんが、甘くてみずみずしいです。ただ、今学期のキャンパスは寒さに加え、そこら中で下水工事が行われ、道が掘り返されて、ほこりっぽくてこまりました。

 今年の中秋節は19日でした。こちらでは木、金、土と連休になり、その代わり金曜日の授業が日曜日に振り替えられました。幸い、金曜日は授業が無いので、この週はまるまる授業がありませんでした。本来なら旅行に出かけるところですが、お見舞いまで受けたので、どこにも出歩かず、キャンパスで静かに過ごしました。今年の月は、地球に接近する年で大きくて丸いそうですが、あいにく19日は雲が立ち込めて月が見られませんでした。その代わり、20日には晴れて、真ん丸い月を拝むことができました。学生を23人宿舎へ呼んで、月餅を食べながら仲秋の名月を楽しみました。

 ところで、新政権になってから、接待や出張の禁止など厳しい経費節減が続きます。報道では、中秋節の月餅の贈答も問題となり、豪華な月餅は売れないようです。大学でも節約モードが続くので、例年大学から外国人教師へ贈られる月餅が今年は中止ではないかと、心配していましたが、今年もちゃんといただきました。先日、テレビのニュースで見ましたが、遠く江南では秋になり蟹の季節になったようです。ところが、経費節減が厳しく、上海蟹の値段が暴落しているようです。上海蟹は高値で東京や大阪へ空輸されていますが、今年は安く食べられるのではないでしょうか。

 

郎木寺(ランムス)巡礼

 今年の国慶節は1日から7日までの7連休となりました。ただし、4日(金)の授業は29日に、また、7日(月)の授業は12日(土)に振替えとなります。しかし、今学期の私の授業は火曜と木曜のため、なんと927日から107日まで11連休になりました。これでは宿舎に閉じこもっているわけにはいかず、旅行へ出かけることにしました。今年1月に出かけた甘南チベット族自治州の合作市の南にある郎木寺鎮(ランムス)が最近外国人観光客でにぎわっていると聞きましたので、そこへ行ってみることにしました。この周辺は海抜3000mを超える高原地帯ですので、寒くなる前の今のうちが旅行シーズンの最後となるでしょう。実は、昨年の7月に蘭州から九寨溝へ行った時にこのルートを走破しています。その時は碌曲県(ルチェ)から甘南高原を走り、省境の峠を越えて四川省の若尓盖高原(ノルゲ)へと抜けましたが、郎木寺はその峠を越えずに、西へ進んだ山沿いのゆったり広がる山麓にありました。蘭州から合作まで270km、合作から郎木寺まで170kmほどの距離があります。直通バスが無いので、合作で1泊することにしました。

 29日の8時に楡中を出て、蘭州南バスターミナルから11時のバスで合作へ向かいました。まだ連休が始まる前なのでバスも道路もさほど混んではいないようです。臨夏回族自治州を抜けて、15時前に合作へ着きました。合作へは今年の1月に来て、ミラリバ仏閣や夏河のラブラン寺を訪ねています。今回も予約はしていませんでしたが、その時に泊まったホテルへチェックインできました。夕食まで間があったので、郎木寺へ行くバスが出る合作南駅へ下見に行きました。蘭州から着いた駅は北駅で、碌曲や郎木寺へ行くバスは南駅から出るようです。駅で問い合わせると、郎木寺行きのバスは7時、1020分、12時の3本のようです。

 翌朝、1020分のバスに乗ることにして早めに駅へ行きましたが、もうバスには何人もの乗客が乗り込んでいました。写真を撮りたかったので、なるべく前の座席に座りました。定刻に出たバスは途中で乗客を集めながら、11時半ごろ碌曲に着きました。ここで小休止をして郎木寺へ向かいました。碌曲を出ると景観が変わります。甘南の大草原が延々と続き、羊やヤクがのんびりと草を食んでいます。草原はもう緑から黄色や褐色に変わりつつあります。しばらくすると、遠方に甘南最大の淡水湖である海湖(ガハイ)が見えてきました。湖の周りは湿地帯で、4月、5月にはたくさんの渡り鳥でにぎわうようです。13時過ぎに郎木寺へ着きました。

 郎木寺鎮は山塊の麓に建てられた寺院を中心とした小さな門前町で、町の真ん中を2300mの目抜き通りが1本あり、欧米人相手の喫茶店や「青年旅舎」と書いたユースホステルなどが見られました。ちょうど町の様子は夏河を小さくしたような感じでした。予約したホテルは寺院の入口にあり、難なくチェックインできました。

 荷物を部屋に置いてさっそく寺院見物に出かけました。寺院は2カ所、北の山麓に郎木寺、西の山麓には格尓底寺(グルデ)があり、ちょうどその間を白龍江という渓流が流れています。どうもその川が省境のようで、格尓底寺は四川省若尓盖県だそうです。そのせいか、30元の参観料はしっかり別々に取られました。格尓底寺から郎木寺へと見て歩きました。それぞれに大経堂、弥勒仏殿、学舎などがあり、まわりを僧坊が取り囲みます。主な拝殿の屋根は、格尓底寺は銀色、郎木寺は金色に輝いていました。ところで、寺院の周りや町の中を多くの僧侶が出歩いているのですが、青年僧侶、あるいは、中学生や小学生の僧侶たちがたくさん目に付きました。緋色の僧衣をまとっているので、僧侶と書きましたが、はたして小学生や中高生が得度しているのか定かではありません。チベットでは子供達を普通の学校へ入れる代わりに仏教学校へ入れるのでしょうか。

 観光書を読むと、郎木寺鎮は鳥葬で有名だそうです。郎木寺の丘陵をさらに登って行くと、天葬台という所があり、そこが鳥葬場だそうです。56年前には観光客にも鳥葬の様子を見せたようですが、現在ではもう行われていないようです。道がよく分らず、天葬台へは行けませんでした。

 郎木寺鎮は3300mの高地にあるそうですが、日中はさほど寒さを感じませんでした。しかし、夜になるとさすがに冷え込みました。ホテルの部屋はかすかに暖房があるのですが、それでも寒くてたまりませんでした。

 青海省や甘粛省の南西部、四川省の北西部にかけて多くのチベット族が居住していますチベットでは青海省や甘粛省のチベット族居住地域をアムド地方、四川省の居住地域をカム地方と呼んでいるそうです。チベットの中でも方言や風習が異なるからでしょう。蘭州へ来て以来、青海省西寧の塔尓寺、甘粛・夏河のラブラン寺、合作のミラレバ仏閣、そして、郎木寺とアムドにあるチベット仏教ゲルク派の主要な寺院をほとんど見て回ることができました。ゲルク派では六大寺院が有名ですが、その他の主要な寺院はラサとその近くにあるそうです。機会を見つけて、ぜひラサへ行ってみたいものです。

 郎木寺鎮に1泊して、次の日に蘭州へ戻りました。帰りは、まだ暗い7時に郎木寺を発ち、10時半に合作から蘭州行きのバスに乗り、15時前に蘭州へ着きました。今回は警察に尋問されることもありませんでした。ただ、天気は少し曇りがちでしたが、それでも十分に甘南高原の秋の景観を楽しむことができました。


ガ: 乃の冠に小