蘭州近況その14 (2012年4月)


「芝浜」を聴く

 先月書いた3年生の聴解の授業で落語の「芝浜」を聞かせました。まず、落語の概要と、河岸、二分金、掛け取りなどの難解語彙や江戸言葉を解説し、その後で落語を聞かせました。本物の落語家の噺は手に入らず、小三治の「芝浜」の朗読版を使いましたが、朗読者が巧みで、まるで落語を聞いているような趣がありました。途中で説明をせずに、一通り最後まで聞かせると、だいたいの意味は理解できたようですが、やはり難しかったようです。古い言い回し、江戸言葉の会話などに悲鳴をあげていました。あなたが女房だったらと質問すると、こんな亭主は早々に離縁するという学生は少数派で、だいたいの学生は、亭主のために自分でも夢にしてしまうと答えました。また、あなたが亭主で女房から打ち明けられたらと聞いてみると、怒るより、感謝するが圧倒的に多かったです。最後に、「また夢になるといけねえ」という落ちの意味を問いましたが、これはさすがに2割程度の正解率でした。

 外国語の学習では悲劇より喜劇を理解する方がはるかに難しいとよく聞きます。喜劇の面白さは、その社会の背景や常識を理解し、冗談や皮肉が聞き分けられることが前提となるからでしょう。もっとも「芝浜」は滑稽というより、人情話ですから少しは聞き易いかもしれません。落語を解説していて、道理や人情に対する日本人の好みがはっきりと出てくることに気が付きました。日本文化を知るには、へたな解説書より良いのではないでしょうか。

 

馬啣山(ばかんざん)、3670mを走破

 43日、清明節の連休の日に、学生を誘って馬啣山へ登山に出かけました。馬啣山は楡中の南にある興隆山系の中の最高峰で、敦煌から青海へと続く祁連山脈の南端とも言われます。これまで、時々、興隆山(東山、西山)へハイキングに行きましたが、そのたびに山間の向こう側に白い雪を被った山塊が見えましたので、いつかは登りたいと、機会を伺っていました。興隆山のバス停までは頻繁にバスが行き来していますが、その先の馬啣山へは春にならないとバスが開通せず、なかなか行かれませんでした。学生に事前調査をさせると、4月上旬でも登山可能だということなので、天気の良い日を選んで出かけました。通常は大学の正門から楡中県行きのバスに乗り、それから、さらに興隆山へとバスを乗り継いで行きますが、今回は正門の前で白タクを捕まえ、直接馬啣山の登山口まで100元で行ってもらいました。メンバーは山歩きの好きな3年生の男子学生1人と女子学生2人の4人でした。

 馬啣山の登山口を朝10時に登り始めました。後で分かりましたが、山頂には空軍の施設があるため、そこまで一車線ほどの軍用の林道が敷設されていました。そのため、なだらかで歩き易い道が山頂まで続きます。登山口は既に2600mほどの高地にあり、およそ1000mの登りとなります。楡中キャンパスでもそうですが、まだこの時期には木々は芽吹いておらず、辺りは枯れ草や裸の灌木で褐色に覆われています。登り始めて少し行くと、谷間から渓流の音が聞こえますが、その谷間をのぞくと、渓流の周りは雪と氷で閉ざされていました。3時間ほど登ると、山頂へ続く尾根道へ出ました。辺りは薄く積もった銀世界ですが、4月の太陽に照らされ、雪解け水があちこち流れています。尾根は平らでなだらかでしたので、1時間ほどで山頂へ着きました。山頂は空軍の施設で、進入禁止でした。レーダーなのか、白色と迷彩色のドームが二つありました。天気も良く、山頂からは周りの山々がよく見えて眺望はよいのですが、その先の遠方はこの辺り特有の春霞で、見通しがあまりよくありませんでした。山頂の高度は3670mだそうです。日本で言えば富士山に続く高さで、2番目の北岳よりはるかに高い山です。4月の富士山はまだ登れたものではないはずですが、この辺りは乾燥地帯のせいか、積雪は45cmほどで、山道にはほとんど雪が無く、快適に登れました。下りは道がよいせいで、3時間ほどで登山口へと降りられました。帰りは白タクが無いので、登山口から歩いて、麓の村へ出て、楡中県へ行く車を探しました。幸い、用事で出掛ける車が見つかったので、無事に楡中県まで戻れました。

馬啣山は甘粛省、陝西省とまたがる黄土高原の最高峰だそうです。本当にそんな高度があるのかと半信半疑でしたが、帰ってからグーグル・アースで高度を調べると、ちゃんと3670mとありました。一日中歩き詰めでさすがに疲れましたが、予てから目指していた楡中県の主峰を制覇できて満足でした。

 

梅か、桜か、はたまた桃か

 4月の第1週を過ぎたあたりから、楡中キャンパスに花が咲き始めました。最初は、中国名で香莢迷(丁子莢迷:チョウジガマズミ)という薄いピンクの可憐な花と日本でもなじみの連翹が咲き始めました。その次が、杏でした。杏の花は桜とよく似ていて、白とピンクの2種類ですが、今年も昨年とほぼ同じ10日頃から咲き始め、15日には満開になりました。また、同じ頃に、灌木系の楡葉梅(オヒョウモモ)が枝一面に見事なピンクの花を咲かせます。花は一重と八重の二種類があり、キャンパスのそこここにたくさん植えられています。満開の楡葉梅や連翹の側に立つと、蜜蜂が飛び交い、その羽音がやかましいほどです。

杏は桜と同じように一週間ほどで散り始めます。そのあと、樹木では、梨、リンゴが白い花を咲かせます。また、桜によく似た紫葉李(アカバスモモ)が桜を小さくしたような花を咲かせました。桜はあまり数はありませんが、キャンパスの北側に小ぶりな八重桜が何本か咲いているのを見つけました。灌木系では、紫丁香(ライラック)が紫の花や白い花を咲かせます。楡葉梅と同じように、広いキャンパスにたくさん植えられており、近寄ると名前のように甘い香りが漂います。

 ところで、植物に疎いせいか、きれいな花をみても、あれは梅なのか、桜なのか、それとも桃なのかと、なかなか区別ができませんでした。植物学上では、全てバラ科のサクラ属ですから、どれもこれも同じように見えます。杏が咲き始めてから、その違いをインターネットで調べてみて、ようやく少し見分けることができるようになりました。まず、桜や梨、リンゴ、李などは枝から花枝がついていて、その先に房状に花が咲きます。それに対して、梅、桃、杏などは花枝が無く、枝に直接花が咲きます。この特徴は分かり易いので、杏と桜や李の違いがすぐ分かりました。次に花びらの形だそうです。梅は丸く、桃は楕円、桜は花びらの先端がへこんだハート型になっているようです。ただ、これは一重の花は見分けやすいのですが、八重に咲いているものは見ただけではなかなか分からず、楡葉梅などは桃系なのですが、楕円と円型の区別がはっきりしませんでした。梅は枝の一カ所に一つずつ花芽がでるのに対して、桃は一カ所に二つの花芽や葉芽も一緒にでて、かたまって咲いているように見えます。これを頼りに、楡葉梅(オヒョウモモ)は桃と判断しました。杏と梅の区別は、杏の方が、花びらを包む萼の赤みが強く、反り返っているようです。もっとも、楡中ではあまり梅は見られず、キャンパスや付近の農村にある樹木はみな杏のようでした。

杏のあと、キャンパスや付近の果樹園で、白い花がたくさん咲き始めました。花枝があるので、梨かリンゴだということはすぐに分かりましたが、梨とリンゴの区別がつきません。梨樹と札が付いた木がありましたので、それを参考に判断すると、キャンパスではほとんど梨でした。付近の果樹園でも梨の方が多いようです。梨の花びらは純白ですが、リンゴは花びらが少し大きめで、花芽や花びらにわずかにピンクが混じっていると見分けていますが、はたしてどうでしょうか。

蘭州や楡中は中国の西北部にあるせいか、春が遅く訪れます。しかし、花が咲き始めると、一斉に咲いて、褐色の大地が潤い、待っていた春が来たと何だかこちらまでウキウキしてきます。外国人教師の宿舎の前には大きな灌木が数本あり、最初は、黄色い連翹とピンクの楡葉梅がみごとに咲きました。今は、それが散り、その横にあった大きなライラックが濃い紫の花を咲かせています。もう少しすると、中国語でメイグイと言われる黄薔薇が咲き始めるでしょう。宿舎の前を通る学生達もよく立ち止まっては花を背に写真を撮っていきます。花の4月がキャンパスで一番楽しい季節かもしれません。