蘭州近況その6 (2011年4月)


中国が見る震災日本

 4月も終わりに近くなりました。震災の東北でも桜がきれいに咲いたようです。前回の近況の時には、次の近況を書く時にはきっと日本では復興に向けて力強く立ち上がっているだろうと予想していました。ところが、震災から1ヶ月以上経った今でも、まだ原発は予断を許さない情勢であり、避難が続いています。政治的にも首相の求心力が低下し、なかなか国民が一丸となってといった状況には至らないようで、もどかしい限りです。そこで、今回は中国が震災日本をどのように見ているのか、中国のメディアから記事を拾ってみました。記事は中国共産党の機関紙である人民日報のウェブ版「人民網」から集めました。

 まず、3月末に「日本の災害救助能力、7つの不足点」という記事が載りました。内容は次のように書かれています。災害発生後、日本の国民は物価のつり上げや社会的な暴動といった事態を起こさず、秩序を保ち、整然と災害対応に努めている。それに対して、日本政府の災害対応は、中国政府と比べるとあまりにもお粗末で、対応力の欠如を露呈している。その原因として、以下の7点があげられる。

1.日本の指導者は目先のことに追われ、戦略的な視点に欠けている。

2.日本の官僚や企業幹部は上の指示で動くことに慣れ、臨機応変の
  対応がとれない。


3.民主党政権はまだ行政経験に乏しく、官僚との関係も悪い。


4.日本政府は小政府制度を希求し、権限移譲に努めたので、非常時の
  行政効率が悪い。


5.東京電力は官僚気質が濃厚で、危機を前に果敢な決断がとれない。

6.日本政府は世論を気にして、抜本的な政策がとれない。

7.自衛隊は普段は鬼子扱いだが、災害の時だけ頼られ、モラルが上が
  らない。

正誤は別にして、なかなか辛辣な分析です。

 次に、「日本が失ったものは何か」という記事では次のように指摘します。日本政府は国民の心理を安定させようと、真相を隠蔽し、危機を薄めようとしている。しかし、それは国民から疑われ、政府の信用を失墜させた。また、多くの国際社会からも非難されている。

菅首相は今回の震災が、ある意味で、首相の権力掌握のチャンスだったが、現時点では十分挽回できておらず、十分なリーダーシップを発揮していない。日本の震災や原発への対応は混乱しており、効果的な結果を生んでいない。危機管理能力はお粗末で、管理能力の危機を露呈している。

 また、「日本今後の30年はどうなる」という記事では、この震災は、これまでの「失われた20年」以上の影響があり、それを克服するには、今後30年、あるいは、それ以上の長い期間を必要とするかもしれない。地震、津波、疫病、戦争などは急性疾患であり、突如として発生するが、終息も早い。しかし、放射性物質漏洩は慢性疾患であり、その影響は長期化する。復興に際して、日本は人口の高齢化、人口の減少という問題を抱えており、放射性物質の漏洩がさらに拡散すれば、海外から人口を受け入れることもできないばかりか、国内人口の海外への流出も招きかねないと指摘します。

さらに、「日本の震災復興の第一歩は『集団パニック』の解消」や「社会危機の爆発を控えた静寂期か」といった記事が続きます。政府の対応のまずさから、風評被害が蔓延する状況にあり、一歩間違えれば社会暴動の危機があると言います。このあたりは、社会暴動を何より気にする中国政府の意識が見え隠れしています。

そして、415日には、「日本は震災で『二流国家』となってしまうのか? 」が載りました。中国の論壇では、日本経済はこれで再起不能となり、長期的な不況に陥り、日本は二流国家となるという悲観的な見方もあるようです。これに対して、今後、さらなる財政状況の悪化やより一層の産業空洞化が進むかもしれないが、逆に、災害への直面が共通認識の形成にプラスに働き、アジアへの拡散や地域協力体制の強化といった外交・経済戦略の変化をもたらし、かつ、政治制度・経済体制の変革を生むのではないかと述べています。結論では、日本は今後、アジア経済の主導的な役割は中国へ明け渡すかもしれないが、二流国にはならないだろうと結んでいます。

 また、日本の震災による中国への影響については、「日本の災害、中国経済への影響は一時的」と影響はあるが、中国は克服できると述べています。逆に、「日本の震災で、山東省の水産物が輸出増加」と日本への輸出が増加しているようです。さらに、「広東省、震災に伴う日本企業・産業の移転を奨励」と日本の先端産業の中国への移転を促進しようとする省もあるようです。

 放射性物質の漏洩に対しては、「中国、禁輸日本産食品の品種と産地を拡大」と日本側の検査合格証や産地証明の他に、中国検疫局の検査を義務付けるなど対応を強化しています。しかし、「中国、ほぼ全土で微量の放射能検出」と放射能の影響はあるとしながらも、微量であり、中国の環境や市民の健康に危害を及ぼすことはなく、いかなる防護措置をとる必要もないと鎮静させています。

 総じて言えば、中国は、日本が中国を見る以上に日本をよく見ているようです。かつ、日本政府の災害対応に対しては極めて辛辣です。私は、前の自民党政権より、今の民主党政権の方がはるかに親中的だと思っていますが、中国政府の反応はずいぶん冷めたものだと感じました。

 

楡中の春

遅まきながら、蘭州の楡中県にも春が来ました。4月に入って室内暖房が止まり、朝晩冷え込むので震えていましたが、10日を過ぎたあたりから、日中の気温が20℃を超え、暖かくなりました。それとともに、あたりの木々もようやく芽吹き始め、付近の農村では灌漑用水路に水が流れて農作業の準備が始まりました。ようやく長い冬が終わり、春が来たようです。褐色の野原のそこここで、まず葉が出る前に花が咲き始めました。始めは杏でした。昨年は気付きませんでしたが、楡中一帯は杏の里といった趣があります。桜と同じような、薄いピンクの花が一斉に咲き始めます。最初は蘭州にも桜があるのかと間違えましたが、杏樹と札が掛かっていたので、初めて杏と分かりました。キャンパスでも、農村の庭先や杏畑でも、ピンクや白い花が一杯に咲いてとても華やかです。次に、キャンパスの灌木類が咲き始めました。鮮やかな濃いピンクの楡葉梅(オヒョウモモ)、黄色い連翹、淡いピンクの香探春(日本名が分かりません)などが次々と咲き出します。キャンパスは急に華やいだようになり、見事に咲いた花々の前では学生達が携帯を片手に記念撮影をしています。ただ、杏も桜と同じように1週間足らずで散り始めました。桜のようにハラハラとは落ちませんが、それでもひとひらひとひら、20日あたりにはすっかり散ってしまいました。

杏の後は、紫丁香(ライラック)とリンゴや梨の花が咲き始めました。ライラックは街路樹のような木々にたわわに咲くのかと勝手に想像していましたが、キャンパスのライラックはみな小ぶりで、オヒョウモモや連翹と同じような灌木に薄紫の花を咲かせます。また、ライラックには紫の花と白い花があることも分かりました。楡中の農村には杏、李(スモモ)、リンゴ、梨などの果樹が多いようです。杏の後は、リンゴと梨が白い花を咲かせています。もっとも、素人の私には、これらの区別がよく分りません。杏や李が散った後、白くてやや大きめの花が葉とともに咲いているのがリンゴや梨だと勝手に思っています。蘭州は乾燥地帯のせいか、果物が甘いと言われます。西瓜や白蘭瓜(メロン)、リンゴや梨が有名です。楡中の農家でも、大規模な果樹園はありませんが、畑の脇や空き地に杏やリンゴ、梨などが植えられていて、見事な花を咲かせています。

先週の日曜日、花の写真を撮りに、貸し自転車でキャンパスの周りをめぐりました。まだ杏が盛りで、黄色い大地に見事な花を咲かせていました。華東や華中では、春になると農村に咲く菜の花が楽しみでした。広大な大地を敷き詰めるように咲く黄色い菜の花がとても見事でした。楡中では菜の花は見られませんが、その代わり、杏やリンゴ、梨の花が春を楽しませてくれます。

そろそろ4月も終わる頃になりました。5月の連休が近づいています。今年の日本ではどのようなGWになるのでしょうか。中国では連休が分散されたせいで、5月は3日程度の連休ですが、蘭州大学では運動会と重なり、56日の連休となりそうです。暖かくなったので、蘭州の周りでも旅行してみたいと思っています。