蘭州近況その2 (2010年10月)


 
赴任顛末後日談

 尖閣諸島の問題で中国各地にデモが起こっています。その中に、四川省の綿陽市の名前がありました。綿陽市は一昨年の四川大地震で大きな被害を受けた地方都市ですが、なぜあんな所でデモがと不思議に思いました。また、18日は武漢の魯巷広場でデモがあったと報じられました。魯巷広場は武漢にいた時、よくショッピングや食事に出かけた所なので驚きました。

 今回のデモに関して、日本の多くの皆様からメールをいただきました。ご心配いただきありがたく思いますが、幸い、蘭州は平穏です。それでも、昨日、大学の責任者から、当分蘭州の外へは出ないで欲しいと注意されました。早く治まって欲しいものです。

 さて、前回、キャンパスへの赴任が遅れた顛末を書きましたが、その後について書き加えます。楡中キャンパスへ赴任後、10日ほどでして用事で外事所へ行くと、9月分の給与を振り込んだと伝えられました。ただ、外事所が言うには、キャンパスへの赴任が遅れたため、給与は1週間分差っ引いてあるとのことでした。これには少しカチンときました。そもそも赴任が遅れたのは私のせいではありません。VISAや専家証の手続きが遅れたのは外事所のせいであり、私には落ち度はないと言いましたが、なかなか認めてもらえませんでした。結局、最後には諦めましたが、不満であると言い添えて幕としました。

 ところで、今回VISAの件で問題となりました。通常、VISAは受け入れ先の勤務期間しか下りません。武漢のVISAは当然7月で期限が切れます。その場合、期限内に新たな受け入れ機関で再申請してもらわなければ、失効し、新規に取り直しとなります。蘭州は遠かったので、再申請をしないで帰国しました。通常、労働VISAを取るには、中国の受け入れ先から招聘状をもらい、日本で短期VISAを取得し、中国へ入国後、再申請を行うのが手順なようです。今回、大学側から特に連絡もなく、また招聘状も来ないので、短期VISAを取らずに入国しました。日本人の場合、VISAがなくても15日間滞在可能です。その間に、VISAを取得すればよいと安易に考えていたのですが、どうも短期VISAが無ければ、長期VISAの申請ができず、再度、出国して取り直さなければいけないようです。こうした経緯は外事所も知らず、申請手続きを進めていましたが、やがて問題になり、出国して取り直しと言う状況になりかけていました。そんな時に、たまたま大学の外国語学院へ甘粛省外事局の副局長が来院しました。大学ではさっそく私の問題を相談すると、いとも簡単に出国しなくてもよくなりました。手続きとしては、日本で取得する短期VISAを甘粛省で交付することで、長期VISAの申請が可能になりました。一時は再度日本へ戻ることを覚悟していたのですが、幸い、事なきを得ました。それにしても、伝手やコネの有る無しで物事の流れが随分違うものだと改めて痛感させられました。

 

楡中キャンパス

 蘭州大学は蘭州の市内に3つ、郊外の楡中県に1つ、キャンパスがあります。このうち大きなものは市内の本部キャンパスと楡中キャンパスで、本部には主に院生、4年生が、楡中には1年生から3年生までが学び、生活しています。外国人教師の宿舎も楡中にありました。楡中は市内から西に47km離れ、蘭州より若干高い海抜1700mほどの高地です。キャンパスは県政府のある楡中の町からさらに10km程北の農村にあります。どういうわけか、蘭州大学と隣り合わせに西北民族大学があり、農村の只中に、二つの大学の広大なキャンパス並びます。

 楡中キャンパスは広さがおよそ1平方kmで、東西がやや長い長方形をしており、東にある正門を入ると、モニュメントや芝生の庭園が広がり、中央奥に図書館が見えます。北側には校舎、学生寮、教職員寮が並び、南側は若干校舎や研究棟があるくらいで、その他は庭園や草地になっています。キャンパスの後方は高さ200300mほどの黄土色をした丘陵が南北に延々と連なり、壁のようにそびえています。ちょうど図書館を背にした辺りの丘陵が少し高くなっており、その辺りを萃英山と呼んでいます。

 学生寮は6階建てで、150160室備えた大きなビルが256棟並びます。教職員寮はメゾネット風の3階建てで、これも30棟近く並び、一番奥に外個人教員寮があります。私の部屋は西側の2階でした。書斎、寝室、リビングと3部屋あり、広めの台所と、狭いシャワー・トイレ室が付いています。一人で住むには広すぎますが、あまり収納がなく、また、水回りが貧弱でした。入室してしばらくは、掃除やあちこちの修理でたいへんでした。管理は外事所の委託を受けたアルバイトの学生がやっており、故障や不具合が見つかるたびに、水道や電気の職人を手配してくれたり、部屋の掃除など、献身的に手伝ってくれました。武漢の大学と異なり、ガスはなく、光熱費やインターネットなどは全て自前です。

 

キャンパス・ライフ

 楡中キャンパスの周りは農村のため、生活は全てキャンパスの中で送ることになります。キャンパスには、大きな食堂が2つ、スーパーやコンビニ、その他若干の商店やレストランがあります。また、北門に隣接して学生を当て込んだ市場があり、そこにスーパーや小さな食堂や商店がたくさんあります。学生達は大学食堂よりこちらの食堂の方がうまいと言って、食事時になると学生達でごったがえします。メニューはだいたいが蓋飯といって、青椒肉絲などをご飯にかけた丼物やラーメン、焼きそばのたぐいで、値段も56元と格安です。一品料理でも一皿10元前後ですから、ビールとおかずが2皿、ご飯で30元もしないでしょう。私は相変わらず自炊ができないので食事は外食で済ませていますが、手軽で安くて重宝しています。ただ、安かろう悪かろうの学生料理ですので、時々、高くてもうまいものが食べたくなります。先日も蘭州の市内へ出たついでに、ホテルのレストランで舌鼓を打ちました。スーパーは何件かありますが、あまり大きな店が無く、商品は豊富とは言えません。また、値段もトイレットペーパーから電気製品まで市内の大スーパーより割高です。このあたりは、日本でも郊外の店と、渋谷や新宿の量販店とでは値段が違うのと同じ事情でしょう。そんなわけで、これも月に1回程度は、蘭州市内へ買い出しに行く必要がありそうです。先日も、寒くてたまらなかったので、蘭州の寝具市場へ厚い布団を買いに出かけました。

 市内への足は大学の直通バスを使います。楡中キャンパスと本部キャンパスの間を2時間おきぐらいに走っており、教師も学生も区別なく片道6元で、1時間ほどかかります。最終バスは案外早く、本部を19時発となります。従って、市内へ出てもゆっくり夕食を食べている暇はありません。公共バスはありますが、市内から楡中町に向かうので、楡中町からさらに大学へ向かう小型バスに乗り換える必要があります。大学の行事やパーティーなどがある時は、例の専家楼を無料で手配してくれますが、一泊するのはなかなか面倒です。

 楡中キャンパスは造られて10年程で、軍隊の所有地を払い下げてもらったと聞きます。正門に近い東側には、軍隊時代から使われている古い建物が多く、街路樹にポプラが植えられています。奥の西側は新しい建物が並び、道路にはやや小ぶりの槐の木が植えられています。キャンパスは敷地も広い上に、まだ建設予定地も多く、それが庭園や草地となっているので、ゆったりと感じます。周りは、夏官菅鎮という農村で、水田は無く、畑が広がります。歩いていると、黄土高原の特徴か、テーブル状の台地が棚田のように広がり、所々に亀裂が走り、その底を小川が流れていたりします。ちょうど収穫の時期なのか、蘭州高原野菜と書いたトラックにキャベツや白菜、トウモロコシなどを積み込んでいました。畑は延々と広がっていますが、その先には、萃英山と同じような黄色い丘陵が連なり、ちょうど楡中県全体が丘陵に取り囲まれた盆地のような地形です。

こうした環境のためか、朝起きて冷気に当たるととても清々しく感じます。宿舎が西にあるため、朝日に照らされた萃英山が眼前に浮かびます。学生達に言わせると、空気も蘭州よりうまいと言います。しかし、逆に朝晩の寒さには悩まされました。天気予報では9月、10月の蘭州の平均気温は720℃程度ですが、楡中ではそれより23℃以上は低いようです。宿舎の布団は薄い毛布と掛け布団なので、いろいろ着込んでベッドに入りますが、それでも寒くて震えました。各部屋に設置されたスチームの地域暖房が待ち遠しくてなりません。

 

新学期と学生達

 今期は顛末で書いたように、私の新学期は遅れて始りました。学生は各学年甲乙の二クラス、一クラスは20名ほどです。私の担当は、甲組の1年生、2年生、3年生の会話と2年生の作文です。1年生はこれまで後期から担当したことはありますが、前期の担当は初めてです。全く日本語を知らない学生達にあいうえおから始めました。授業の初回から23回目までは残念ながら英語と中国語を混ぜて指示や解説を行いました。折角日本人が教えるのだからと、発音やアクセントを重視して、基本文型の練習を繰り返しています。それでも、初めての日本語に必死で取り組む学生達に対していると思わず熱が入って、やりがいを感じます。

 蘭州大学は昨年の中国大学ランキングでは28位でした。国家重点大学の一つで、もちろん甘粛省のトップ校です。学生も全国各地から優秀な学生が集まるようです。私の担当するどのクラスでも地元の甘粛省の出身者は12割で、また、少数民族の学生も12名しかおりませんでした。黒竜江省や吉林省、福建省や海南省と全国から集まっています。その意味では蘭州だからという地域性は少ないのでしょうが、最初の印象はおとなしい学生が多いと感じました。例によって、学生達と食事をしながら話しますと、文法、読解などは良くできますが、何となく会話がぎこちないようです。また、学生達全体の印象ですが、男女を問わず、流行のファッションに身を包んだおしゃれな学生が少ないと感じました。良く言えば素朴、悪く言えば垢ぬけない学生が多いようです。このあたりは、楡中という自然環境の豊かなキャンパスに居るせいなのでしょうか。

 蘭州大学ならではと思ったのは、歴史文化学部の中に敦煌学科があることです。この敦煌学科の学生が4人、日本語を学ぶため、現在私の1年生の会話クラスに参加しています。敦煌に関しては、きっと日本の学術研究の貢献が大きいのでしょう。

 国慶節の連休明けから、大学は冬時間になりました。授業は9時から始まりますが、日の出は7時頃になります。大学の樹木はすかり色づき、もう散り始めています。そろそろ宿舎にスチームが通ることでしょう。