細見美術館のHPにあるニュースレターにアップしたコラムです。
塩川博義(コレクター 日本大学教授)
私が、ロイヤル コペンハーゲンやビング オー グレンダールというデンマークの陶磁器を収集するようになったのは、
仕事の関係で1998年に1年間コペンハーゲンに住んでいたからです。
週末は、よく早朝から電車を乗り継ぎ、フリーマーケットをはしごしていました。
塩川博義(コレクター 日本大学教授)
いちばん最初に購入したビング オー グレンダールの彫塑的な楓文トレイです。
実は、このトレイと同じものに初めて出会ったのは、
1998年、コペンハーゲン市内に借りて住んでいたフラットの近くにあった
アンティーク・ショップのショーウインドゥに雑然と飾られていたものでした。
この時は、ちょうど、ドイツへ1週間調査に行くために、朝早く空港へ向かうときでしたので、
店も開いていなく、買うことはできませんでした。案の定、戻ってから店に行った時は、すでに売れてなくなっていました。
どうしてもあきらめきれず、ショーウインドウのガラス越しから撮影した写真をイスラエル広場の
フリーマーケットに出店していたダニエルに見せたら、1週間後、同じものを持ってきたのです。
このトレイは、人気があったのか、1980年ごろまで量産されていますが、
1948年以前のものは、やはり少なく、いままで、3つほどしか見たことはありません。
塩川博義(コレクター 日本大学教授)
デンマークはオークションがとても盛んで、業者さんだけでなく、普通の人も気楽に参加します。
オークションハウスもコペンハーゲン市内だけでなく、郊外にもたくさんあり、
郊外の方が競争相手も少なく、安く落札することができます。
オークションに参加するには、まず、プレビューの日に下見をします。
そして、落札したいものの状態をチェックします。当日、参加できなければ、そのときに上限額を入れておきますが、
オークションが行われる当日に参加できるのであれば、その商品番号を控えておきます。
当日、受付で自分の番号札をもらい、落札したい商品の順番がきたときに、その札を上げるのです。
もちろん、競争相手がいれば、どんどん値段は上がっていき、最後まで札をあげることができれば、落札できます。
オークションはもちろんデンマーク語で行われますので、
始まる前にハンマーを叩く進行役の人に落としたい商品番号とPlease speak English!
と書いた紙を渡し、この番号が来たら、英語でやってくれとお願いしておきます。
ところが、なかにはお願いしても本番熱くなり、デンマーク語で始めてしまう人がいます。
この場合、勇気を出して、“Please speak English!”と、叫ぶと、”Oh,sorry.” と、英語で仕切り直してくれます。
海外に行ったら、是非、オークションに参加してみてください。とても、スリルがありますが、楽しいですよ!
蝶置物 1898-1948年,1915-47年 ビング オー グレンダール
(市内中心街からバスで1時間くらいの郊外にあるオークションハウスで安く落札した蝶の置物)
塩川博義(コレクター 日本大学教授)
この猫の置物は、私が客員研究員として通っていた大学の最寄駅リングビーの隣にあったオークションハウスで購入しました。
おそらく、猫のフィギャリンコレクターが亡くなって、遺族がオークションに出したのでしょう。
猫のフィギャリンが30体くらいはあったと思います。ほとんどはガラクタでしたが、
その中に、この珍しいビング オー グレンダールの猫とロイヤル コペンハーゲンの古い猫のフィギャリンが混ざっていました。
私はこの貴婦人のようなちょっと憂いの表情をした猫が気に入ってしまい、
日本から買い付けに来ていたA氏と相談して、私がビング オー グレンダールのこの猫を、
A氏がロイヤル コペンハーゲンの猫をもらうという条件で、二人ともオークション当日は参加できなかったので、
金額を評価額より、多めにして入札しておき、落札したのです。
この猫も確かアメリカのオークションに1回出ただけで、それ以外見たことがないので、レアなものだと思います。
なお、残りの猫のフィギャリンは、A氏が、そのままオークションハウスに預かってもらい、次のオークションに出品したようです。
陶磁器に出会うY 塩川コレクション 魅惑の北欧アール・ヌーヴォー
「ロイヤル コペンハーゲン ビング オー グレンダール」
塩川博義(コレクター 日本大学教授)
私がデンマークに住んで、最初にロイヤルコペンハーゲンに興味を持ったのは
やはりクリスマス・プレート(日本ではイヤー・プレートと呼ばれています)でした。
そして、アーノルドクローがデザインした19世紀のブルーフルーテッドとブルーフラワー、
さらに18世紀のもの、すなわち、初期の古い染付に代わりました。
アーノルドクローも1885年に芸術主任として就任したときに、
まずロイヤルコペンハーゲンの18世紀に作られた染付の美しさに興味を持ち、この復刻に力を注ぐのです。
染付も釉薬の下にコバルトを使って描くのでブルーの釉下彩です。
このコバルトを使った西洋絵具で、ブルーの濃淡(グラデーション)を出すのは難しく、
クローは最初にこの釉下彩のブルーにおけるグラデーションの出し方をいろいろ研究したのです。
クリスマス・プレートにおけるカメオの技術を応用したブルーのグラデーション技術もこの時に生まれたのです。
日本の古伊万里でも、呉須の青ではなく、
明治時期の西洋絵具を使ったグラデーションの無い濃い青をベロ藍といって、区別しています。
18世紀といいましても、ロイヤルコペンハーゲンの磁器製作は1775年から始まるので、25年間しかありません。
とても短いのです。ですので、めったに市場には出ません。
出ても、デンマークのコレクターが買ってしまいますし、日本ではほとんど見たことがありません。
特に人気のある18世紀のカップ&ソーサーは、マイセンの花麦藁手(ブルーフルーテッド)はときどき見ますが、
ロイヤルコペンハーゲンのものは、おそらく日本にはないでしょう。
塩川博義(コレクター 日本大学教授)
最初に購入したロイヤルコペンハーゲンの釉下彩の作品は、どれかもう覚えていませんが、
おそらく花瓶では、この淡い黄色で描かれたアイリスの作品だと思います。
これは、コペンハーゲンにある骨董通りで行われた骨董祭のときに、とても安く購入しました。
普段はあまり古い磁器など置いていないお店だったと思います。
実は、この作品、当初展覧会の出展から外されていました。
アイリスの作品は日本の源六製の花瓶がひとつ出展されていますが、
ロイヤルコペンハーゲンのものは、ひとつもなかったので、是非と出展をお願いしたのです。
アイリスは日本でも花菖蒲や杜若として、琳派などの絵に古くから描かれています。
おそらく日本の影響を受けていると思います。
ロイヤルコペンハーゲンのアイリスはとても人気があり、いろいろなものに描かれていますが、
ほとんどがブルーで描かれた作品で淡い黄色で描かれたものはとても珍しいです。
塩川博義(コレクター 日本大学教授)
コペンハーゲンに住んでいたときに購入した唯一のユニカ作品です。
いずれもビング オー グレンダールのポプリポットで、作家はファニガードです。ひとつは1913年に制作され、
ブルーの紫陽花が浮き彫りされており、蓋に蜻蛉が透かし彫りされています。
もうひとつは、1914年に制作され、白いクリスマスローズが浮き彫りされています。
彩磁紫陽花文沈香壷 1913年 ビングオーグレンダール |
クリスマスローズ文沈香壷 1914年 ビングオーグレンダール |
これらとは、A氏が日本から3回目の買い付けに来ていたときに、
待ち合わせしていたアンティーク・ショップで出会いました。
私が店に着いたときには、すでに、先に来ていたA氏が、
ショ―ケースの上に出してあったこの2本のポプリポットを、じっと見ていました。
購入するかどうか悩んでいたのです。確かにいずれも作品は素晴らしいものですが、
日本ではビングオーグレンダールはほとんど知られていないので、
このような高額な商品を2本購入しても売れるかどうか判らなかったからです。
私もそれまで最高で数万程度のものしか購入したことがなく、
ユニカも初めてだったので一緒に眺めていたのですが、アンティーク・ショップのオーナーから、
あなたたちが来る前に、ロイヤル コペンハーゲン美術館の学芸員が来て、
「美術館に戻り、今年度の予算がまだ余っているかどうか確認するので、明日また、来て購入を検討する。」
と言って帰ったと聞いて、私のコレクター魂に火がついたのか、
A氏に、紫陽花と蜻蛉の方を私が購入するので、A氏はクリスマスローズの方を購入しましょうと提案しました。
で、結局、2本分A氏がまとめて支払って日本へ持ち帰って店に飾り、
私が帰国してから紫陽花と蜻蛉の方の代金を支払って受け取るという条件で、めでたく購入が決まりました。
ところが、自宅に戻ってから、私は1本だけでなく、2本とも欲しくなり、
悩んだ末、A氏が泊まっていたホテルに電話して、クリスマスローズの方も倍の値段で買うことにしました。
もちろん、そんなに骨董にかけられるお金は持っていないので、こちらの方は1年間の分割で、
その代わり、2本ともA氏の店に1年間飾っておくという条件で交渉が成立しました。
ということで、めでたく、ばらばらになることなく、2本とも私のコレクションとなったわけです。
このようにして、だんだん骨董収集の深みに嵌まっていくわけですね。皆さん、気をつけましょうね。
塩川博義(コレクター 日本大学教授)
最初に購入したロイヤル コペンハーゲンのユニカです。
どちらが先(たぶん花籠文の方)かは忘れましたが、いずれも横浜にあったアンティーク・ショップから購入しました。
蛇文花瓶 1897年11月 ロイヤル コペンハーゲン |
花籠文花瓶 1911年1月 ロイヤル コペンハーゲン |
実を言いますと、私は、ロイヤル コペンハーゲンのユニカに、初めの頃から興味を持っていたわけではありません。
この時代のロイヤル コペンハーゲンのユニカは、主に花瓶やお皿の絵付を作家が釉下彩で描いたものですので、
量産品の方がいいなと思うものもありますし、なぜ、
絵付の技術としてそれほど変わらないのに作家のサインが入るだけで
何倍も値段が高いのかよく良く分かりませんでした。
このふたつの花瓶も、いままで見てきた他の花瓶とは違う名品とは思っていましたが、
すぐに買おうとは思いませんでした。
結局、いずれも何度か骨董祭などに出品されましたが売れず、数年が経ち、
値段も下がってきたので、それぞれ、お金を持っていたときに購入しました。
その後、少しずつ、ロイヤル コペンハーゲンについて調べていくうちに、
ロイヤル コペンハーゲンの釉下彩技術のすごさが判ってきて、
ユニカの存在の意義が判ってくると、だんだん興味が湧いてきて、
それも古いものに興味が向くようになってきました。
このように、私のロイヤル コペンハーゲンのユニカにおける購入ポイントは、
他のものとは違い、釉下彩における技術的な面白さ、技術的な変遷など、
デザインの善し悪しだけではないのです。
ただ、金額がいちばん大きなポイントであることは他とかわりません。
塩川博義(コレクター 日本大学教授)
今年の4月末から5月始めに行われた東京プリンスの骨董祭で出会った
ロイヤルコペンハーゲンのアネモネ文花瓶です。
高さ18.5cmのユニカの花瓶で、作家はオーロフ・イェンセン、制作年代は1891年10月です。
彩磁アネモネ文花瓶
1891年 ロイヤル コペンハーゲン
実は、今回の展覧会で、ロイヤルコペンハーゲンのユニカをパリの万国博覧会が開催された
1889年から1894年までの6年間連続して、毎年、ひとつずつ揃えたかったのですが、
1891年製のユニカだけ手に入りませんでした。
展覧会の話があり、ずっと1891年製のユニカを探していたのですが、
この花瓶、一昨年の暮れにアメリカのオークションに出てきました。
ところが、当時、展覧会のためにかなり購入していましたので、あまりお金がなく
、また、オークションの写真からではあまりたいしたものではないと感じましたので、
多めに入札しませんでした。
案の定、セカンドビッターという結果になり、悔しい思いをしました。
結局、その後も1891年製のユニカには出会えませんでした。
あまりに悔しかったので、各美術館での講演会のたびに、
パワーポイントにピンボケのオークション写真を貼り付け、1891年製のユニカとして説明していました。
そして、今年の東京プリンスの骨董祭に現れたのです。
それも、ほとんど、一昨年のオークションで落札された値段と変わらない値段で…。
信じられませんでした。
とても、不思議なめぐり合わせです。
持ってきた骨董屋さんの話によると、あるコレクターが亡くなり、
今年の初めに向こうのローカルなオークションでロイヤルコペンハーゲンとビングオーグレンダールがまとめて出品されたらしいのです。
そのうちの一つだったようです。ということは、一昨年は、私はその亡くなったコレクターと存命中に競ったのでしょうか。
まあ、図録には入れることはできませんでしたが、とても花瓶に対して親しみが湧き、購入しました。
存命中にそのコレクターとメールでもよかったから、
話してみたかったと思うこの頃です…合掌。
実物が見たいと問い合わせが多ければ、
9月8日の講演会のときに持っていこうかな…、ただし、荷物が少なければの話です。
最後に今回の展覧会の目玉であるビング オー グレンダール、
鷺のサービス(ピエトロ・クローン制作)について話しておきます。
この鷺のサービスのほとんどは、6年前に日本のディラーを介してドイツで行われたオークションで購入したものです。
私の前の持ち主はドイツのコレクターで、おそらく1990年代の後半に亡くなり、遺族が出品したのだと思います。
この鷺のサービスは、オリジナルが1889年のパリ万国博覧会に出品された後、いくつか製作されていたと思われますが、
ほとんど特注品として(一部小さいものは1900年以降、量産品として売られたものもあります。)作られ、
最後のオーダーはおそらく1915年だろうと言われています。
そのため、小さいカップ&ソーサなどは、たまに市場に出てきますが、
大きいものはほとんど出てきません。
おそらく、今回これだけ鷺のサービスが揃って展示されるのは、
世界的にみても、とても珍しいことだと思います。
この機会を逃さず、是非、ピエトロ・クローンの傑作をご覧ください。