80年代洋楽

80年代流行洋楽の回顧感想文ページ
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マイケル・センベロ (MICHAEL SEMBELLO)
『マニアック』 (BOSSA NOVA HOTEL)

元祖USオタク。
 映画『フラッシュ・ダンス』の挿入歌だった『マニアック』のスマッシュ・ヒットで、 世間的には80年代音楽シーンによくあるワン・ヒット・ワンダーの一人として微かに 記憶されているマイケル・センベロ。
 10代の頃からスティビー・ワンダーのバックでギターを弾いていたとか、本アルバムでも vo,g,b,ds とマルチプレイヤーぶりを見せつけたりと、根っからのミュージシャン的な 経歴を持つセンベロだが、どっこい当サイトでは別の側面から光をあてたい。
 本アルバムのジャケ写をよぉくみると、一見主役風の全裸マッチョ二人の横で、あしゅら男爵 よろしく左右白黒に塗り分けたヒゲ面男がアメコミ版『ゴジラ』を食い入るように読んでいるの だが、実はこいつが主役のセンベロ。驚いたことに収録曲の中にも、そのまんま『ゴジラ』とか 『スーパーマン』などといったタイトルが散見されることを考え合わせれば、こいつは納得 づくの確信犯でやってる行為というわけだ。
   当時のアメリカ社会においては、コミック雑誌なんてお子様向け以外のなにものでもなかった はずで、にも関わらずこんな風にナチュラルに己の精神的出自をカミングアウトするセンベロが、 ちょうど当時の日本における大阪芸大人脈(岡田斗司夫・庵野秀明)の如き、自然発生的な オタク第1世代の一人であったことが如実にうかがえる。
 ところで問題の曲『ゴジラ』だが、これが伊福部サウンドとは似ても似つかないラテンのり のダンスチューン。『スーパーマン』に至ってはJ・ウィリアムスが困惑しそうな オリエンタルムードのメロディーに乗せて「クリプトナイトの十字架にかけられた」とイエスを 暗喩する歌詞が乗るという変化球ぶり。ピコピコ音が懐かしいディスコミュージックや、しっとりと デュエットが映える王道AORなんかをキッチリこなした合間にそれらの楽曲がサラリと収録 されたあたり、単なる趣味の世界に終わらせないプロの仕事ぶりが非常に好ましく思える。 (1983年発表)
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ルパート・ホルムズ (rupert holmes)
『パートナーズ・イン・クライム』 (PARTNERS IN CRIME)

O・ヘンリの弟子たち。
 80年代的な感覚からすると、ニューヨーク派のシンガー・ソングライターと言われれば まっさきにビリー・ジョエルあたりが思い浮かぶわけだが、土地っ子に言わせると「イタリー系移民の ピアノマンがニューヨーカーなんて笑っちゃうね」ということになるらしい。
 そんなスノッブなWASPの皆さんにとって、リアル・ニューヨーカーなミュージシャン は誰かと問えば、当時は十中八九この人の名前が返ってきたのだという。
 というわけで今回の主役はルパート・ホルムズ。
 もともとは売れっ子ソングライターとして知られていたホルムズが、シーンの表舞台でブレイクしたのは、本ディスクに 収録された『エスケイプ』がきっかけ。70年代最後のビルボードNo1となった俗称『ピナ・コラーダ ス・ソング』と言った方が通りが良いだろうか?
 結婚生活に飽きた男が、ある日新聞の個人欄に、自分と趣味がピッタリな女性の投稿を見つけた。 「二人で退屈な日常から脱出しよう」とばかりに連絡をとりつけたはいいが、約束の場所に現れた 彼女は……。という展開からもわかるように、この曲は歌詞そのものにストーリー性が持たされたうえ、 最後には気の効いたオチまでついているという仕掛け。
 AOR系のヒットメイカーだけに、キャッチーなサビメロの良さもさることながら、ホルムズの特徴 はなによりもこの《物語性を持った歌詞》にあると言っても良いだろう。
 あまりの多忙さに昼休みを削ってデートする恋人同士を描いた『ランチ・アワー』。一世一代の プロポーズが留守伝メッセージで行き来する『アンサリング・マシーン』。見慣れないタバコの パッケージから「もうひとりの彼氏」の存在に気づいてしまう『ヒム』等々、彼にとっての マスターピースとも言うべき本ディスクなど、さながら短編小説集の如き趣さえある。
 ちなみにこの人の日本語表記、現在では《ルパート・ホームズ》というのが標準らしいのだが、 ここでは当時の呼称にしたがって《ホルムズ》とさせてもらった。(1979年発表)
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マイケル・フォーチュナティ (MICHAEL FORTUNATI)
GIVE ME UP 〜THE VERY BEST OF〜
で、結局ユーロビートってなんだったんですかねぇ?
 本名ピエール・ミカエル・ニグロ。1955年、イタリア南部はヴェラ・カステリの生まれ。
 マイケル・フォーチュナティだなんて《幸多郎》みたいなインチキ臭い名前なわけで、芸名に決まって いるとは思っていたけど、まさかイタリア人だったとは。今回ベスト盤を買うまで私も知りません でしたよ。
 本ディスクのタイトル曲を筆頭としたユーロビートの一大ブームが起こったのは80年代後半。 今にして思えば日本はバブル景気に浮かれまくっていた頃で、私の記憶が確かならば《スパゲッ ティ》が《パスタ》になり、そこいらのスーパーで当たり前のようにオリーブオイルが入手可能に なったのもまさにこの頃だったはず。それまでは完全な西高東低状態だった日本の音楽界が、 次第にJ−POP主流へと移行していったのも、そういったレベルでの文化的裕福さの高まり と無縁ではなかったのだろう。MTVに牽引された洋楽人気が、ここにきてダンスフロアへと その中心を移動し、やがてはそれが小室哲哉の台頭を呼ぶわけだ。
 話をマイケル・フォーチュナティに戻すと、彼もまたベンチャーズやシンディ・ローパーと同じく 本国よりも日本で名の知れたアーティストなわけだが、(当時最先端の)カッコ良い打ち込み音 といった流行りモノ要素以上に、ネイティブの英語人でなかったという背景こそが、日本人 に対するアピールに一役買っていたような気がする。ぶっちゃけこれ以上知能指数の悪そうな曲は ワム!の『クラブ・トロピカーナ』かビートルズの『抱きしめたい』しかありえないといった 具合の(英語オンチにも口ずさみ易い)歌詞は、彼自身の言語的貧困さがもたらしたものだろうし、 キャッチーかつ大仰な歌メロが、持って生まれたラテンの血の成せる業であることは間違いない。
 ヒット曲だらけといった感のある本ベスト盤だが、私のオススメはなんと言っても『ハレルヤ』 に尽きる。まき散らせ涙! とどろけ熱いエモーション! といった感じのイントロは まさにイタリアンPOPSそのもの。オーケストラヒットを筆頭に、今聞けばイマイチもさっとし た往時の電子音ともあいまって、泣かせて躍らせる名曲だと思う。(2002年発売)
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ドン・ヘンリー (DON HENLEY)
『ビルディング・ザ・パーフェクト・ビースト』
 (BUILDING THE PERFECT BEAST)

そうしてボクらの夏は終わる。今度こそ、完膚なきまで永遠に。
 ドン・ヘンリーって誰よ? っておっしゃる方も、この通り名を聞けば「おお!」と膝を打つのでは ないか。→ ザ・ボイス・オブ『ホテル・カリフォルニア』
 イーグルスのヴォーカル2枚看板のうち、メロウなテイストを担当していたのがグレン・フライだと すれば、ドラマーでもあったドン・ヘンリーの醒めた掠れ声は、どことなく後ろ向きでビターな 方向に味付けされたものと言えるだろう。暗喩に満ちたシニカルな歌詞とか、エンディングの超印象的な ツイン・ギターソロとか、押しも押されもしないアメリカン・ロック史上の有名曲『ホテル・カリフ ォルニア』の美点はいくらでもあげることが出来るが、言い知れぬ倦怠感と哀愁に満ちたドン・ヘンリー の声自体も、間違いなくその条件の一つということができるだろう。
 でもって本盤はイーグルス空中分解後に発表されたソロ作の確か第2段。時代背景を反映してか、 育成対戦型TVゲームみたいなタイトル・チューンではアフリカン・ビートを導入したり、当時 最先端のシンクラヴィアをいじってみたりと小器用なところを見せているが、基本的には泥臭い歌 メロのストレートなアメリカン・ロック集として聴くべき代物。復活イーグルスのツアーでもセットリスト に入っている『サンセット・グリル』あたりも「いかにも」な味の名曲だが、おそらく本盤で一番知られた トラックとなると1曲目の『ボーイズ・オブ・サマー』ってことになるだろう。
 ハイハットとリム打ちの硬質なイントロからはじまる哀愁テンコ盛りのメロディーは、夏そのものでは なく” SUMMER HAVE GONE " の季節を歌ったもの。今はもう秋、誰もいない海ってな具合で、すっかり 寂れた海岸の道をオープンカーでドン・ヘンリーが徘徊するモノクロフィルムのPVも印象的だったが、 「ボクにはまだ見えるんだ、君の日に焼けた肌が太陽を浴びて輝いているのが」なんてあの声で 歌われるのだから切なさも倍増である。
 てなわけで、夏の終わりに秋風が吹くと、必ずCDラックから引っ張り出してきてしまうわけなんです。 (もちろん9月になったら、今度は「どぅ・ゆぅ・りめんばー」を聴くわけやね。(1984年発表)
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ヒューイ・ルイス&ザ・ニュース (HUEY LEWIS & THE NEWS)
『FORE!』

夕日とビールとホットドッグ。
 これまで行ったライブの中で、最も印象に残るものをあげろと問われれば、私は迷うことなく 1987年7月のヒューイ・ルイス&ザ・ニュース後楽園球場公演をあげたい。そうそう、 東京ドームじゃなくて後楽園球場というところがポイントなわけですよ。
 夏の宵。まだ日も暮れきらぬ空にはカラスがガーガーとわめき、階段状の客席のそこここには 生ビール売りが行き交う。ブレイクしたばかりの舎弟ブルース・ホーンズビーの前座という豪華な おまけですっかり盛り上がったステージに、本ディスクのトップナンバーでもある『JACOB'S LADDER』 をひっさげてバンドが登場した時の高揚感といったら! 正直天井開けっぴろげの古典的な 野球場だから、音響とかのレベルで言えば誉められたものではなかったはずだが、ストレートな アメリンカン・ロックにベースボール・スタジアムというロケーションは、「理屈は良いから 乗ってけや!」的バンドの方向性を存分に引き出す晴れ舞台でもあったわけだ。
 ヒューイ・ルイス&ザ・ニュースは恐ろしく下積みの長いバンドで、前作『SPORTS』で ブレイクするまでは、ツアーバスに乗って全米中のクラブ・サーキットに明け暮れる文字通りの 旅暮らしだったと聞く。バンドのメンバー全員が前に出て、さりげなくアカペラで1曲決めたり出 来ちゃう間口の広さも、ハードなツアー人生が磨き上げた彼らの財産だったのだろう。
 レイ・パーカーjrがパクった『I WANT A NEW DRUG』とか、 映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の主題歌『THE POWER OF LOVE』などで世界的な名声を 獲得した後も、楽しませてナンボ的プロフェッショナリズムこそが、彼らの持ち味であり売りで あった。ノリノリのメロディーに乗せてポジティブに人生の喜びを歌い上げるバンドなんて、 いかにも80年代的世界観といわれそうだが、こういう音楽もたまには良いもんですよ。
 あの時食べたホットドッグ。ケチャップもマスタードもスタンドのチューブからかけ放題で、 それは美味しゅうございました。(1986年発表)
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ポリス(POLICE)
『ポリス・ライブ』 (THE POLICE LIVE)

バンド内喧嘩上等!
 地上最強のロックバンドはなにか? なんて、いかにも男子中学生的設問だが、問われれば私は ひとしきり悩んだあげくにポリスの名前をあげるに違いない。
 スティングの特徴的なボーカルと卓越したソングライティング能力はもちろんのこと、知的に制御 された暴力性を叩きつけるS・コープランドのドラミング、ともすれば 歌メロより印象的なリフを寡黙に刻みつづけるA・サマーズという究極のコラボレイトは、 およそg・b・drという形態の3ピースバンドとして望みうる最良の姿を現出させた。
 もともとがひとかどの音楽人生を歩んできた三十路男たちが、当時の売れセンだからという理由で わざわざ金髪に染めて、なんちゃってパンク風なイメージでデビューしたという裏話からもわかるよ うに、ポリスの存在は若造の表現衝動の昇華ではなく、どこまでいってもお金のためのお仕事だった。 それだけにメンバー3人の意思疎通はバラバラ、ギスギス・フィーリングなどという生やさしいもの でなく、ことにスティングとS・コープランドは、音楽的見地の相違からメシの食い方までことごとく 反目しあい、ツアー中に骨折騒ぎをおこすほどの喧嘩を繰り広げていたのは有名な話。S・コープ ランドは、ドラムセットに《FU○K YOU》とマジックで大書きして力任せにひっぱたいていたというが 「あれはオレを殴っているつもりだったんだろうぜ」とは後年のスティングの弁である。
 フロアを埋めた聴衆に「オレはひとりぼっちなんだ!」という歌詞を合唱させるなどという スティングの倒錯した行為も、そういった背景から出てきた冷笑的スタンスの賜物だったわけだが、 今にして思えばシニカルな突き放し感と、ピリピリとしたバンド内の緊張感を反映したエッジの立ち まくった演奏の落差こそが、ポリスの持つ最大にして唯一無二の魅力だったわけだ。
 本ディスクは解散後10年の時を経てようやく公式リリースされた唯一のライブ盤。人気に 火のつき始めた1979年と、解散直前の『シンクロニシティ・ツアー』を収録した2枚組。わずか4年の 間に世界のトップグループへと上り詰めたバンドの変遷をリアルに確認出来る仕掛けだが、私が 推すのは荒削りなイメージの残る1枚目のディスク。文字通り火を吹くようなS・コープランドの ドラミングを聴くだけでも、この3人が生み出した刹那の輝きが、どれほど危険なバランスの 綱渡りであったかが確認できる、歴史的な記録である。(1995年発表)
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ドナルド・フェイゲン(DONALD FAGEN)
『ナイトフライ』 (The Nightfly)

スティーリー・ダンとどう違うのか、誰か教えてください。
 発売当時、最強のスケこまし用ドライブ・ミュージックなどとも言われた本作。 一方で、耳の肥えた通人ぶりたければ、このアルバムの名前をあげとけばまず間違いないという ほどに、玄人筋からの評判が良かったのも事実。ドラムスがジェフ・ポーカロだとか、 ブレッカー兄弟が噛んでるとか、人脈的にものすごいことも事実だが、ここは一発、 数年前に雑誌の取材で郷ひろみが言っていたこのコメントでとどめを刺したい。 「大人のためのエンターテイメントとして、最高に完成されたものだと思う」
AOR(アダルト=オリエンティッド・ロック)とは良く言ったもので、それまでは若造の 反逆ミュージックだったロックが、余裕と成熟と洒落っけを身につけたのが80年代初頭。 深夜のラジオから流れてくるそれらの音は、カッコつけたい盛りの中学生だった当時の私に、 「さだまさしやらアリスやらはもうダサいのだ」と思わせるに十分なオトナの魅力に満ち溢れ ていた。もちろん、見た目的には立派な大人になった今でもその印象は少しも変わらず、 1曲目『I.G.Y』の印象的な(ちょっとレゲエの入った)イントロを聴いただけで、 心地よく落ち着いた(それでいて少しばかり憂鬱さも引きずる)気分で満たされてしまう。
 冷静になって聴けばこのアルバム、シンセの使いかたが物凄く達者で、四半世紀近く前という 時代性もあって、生楽器の代替ではなく、あくまでも「そういう音の出る楽器」として要所に 必然的に配された電子音が、「酸いも甘いあった上でお洒落な音楽やってます」的奥深さに 直結しているような気もする。
 自分の家の屋根裏で、たった一人深夜の海賊FMでDJを続けるモノクロームの映像が、 楽曲群のイメージそのものに重なっているという意味で、ジャケ写的にも優れた作品である。 (1982年発表)
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ロバート・パーマー(ROBERT PALMER)
『リップタイド』 (RIPTIDE)

合掌。
 80年代日本における洋楽ブームの背景に、プロモーション・ビデオの成熟があったことは 間違いない。『スリラー』『テイク・オン・ミー』『スレッジ・ハンマー』等、新奇なアイディアや SFXを導入して話題を呼んだエポックメイキング作以外にも、テクニック的にはなんら 目新しいことはしていないのに、絵づらのインパクトだけで注目を集め、今も語り草になっている 存在も少なくない。
 本作に収録された『恋におぼれて』(ADDICTID TO LOVE)など、ボディコン(死語)ネエちゃんを何 人もはべらせ、やにさがったタキシード男が歌うだけというあまりにもベタな展開が、強烈な印象を 残した低予算高リターンPVの最右翼といえるだろう。(そうそう、つい最近も英国産ラブコメ 映画『ラブ・アクチュアリー』でパロディねたにされていましたね)
 ロバート・パーマーの偉かったところは、「綺麗なネエちゃんたちに囲まれてオラ幸せ」という 気持ちを隠そうとしなかったところだ。これが村上龍あたりだと無理して渋がった風を装うあたりが かえって露骨な欲望を感じさせイタい雰囲気が立ち上るところだが、あからさまに鼻の下伸ばした美形オ ヤジというわかりやすい構図には、かえって「オトナじゃん」的な余裕のエロティシズムが漂っていた。
 その後のアルバムでも『HEVEY NOVA』=《メタルっぽいボサノバ》と《重量級超新星》 のダブルミーニングだの、『HONEY』のB面だから《HONEY B》だのとオヤジギャグ満載 で、良いオトナの遊び心を感じさせたロバート・パーマー。この分だとヨボヨボの爺になっても好き勝手 やってるだろうと思い込んでいたので、その訃報に接した時の驚きといったらなかった。
 2003年9月26日。滞在中のパリで心臓マヒのため死去。当夜は《女友達》といっしょだったという あたりがいかにもらしい話で、かえって泣かせられた。
 天国の園でも、キレイなネエちゃんたちを左右にはべらせ、皺だらけの目じりを下げている ことを望むばかりである。(1985年発表)
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